第6章 真理

 とある昼下がり、とはいっても事務所は地下一階で日が差さないので、駐車場の地上の入り口から漏れてくる光で日中とわかる程度ではあるが、いつも閑散としている事務所に訪問者があった。

 「こんにちはー、久しぶりー」

 「あら、真理さん。もう大丈夫なの。」

 顔を上げた川島が答える。事務所の入り口には、留美と同じような背格好で、松葉づえを両方についた真理が立っていた。真理はベリーショートで、服装はトレーナー上下と、この会社には似つかわしくない格好であった。

 「ようやく退院できたよ。3ヵ月くらい掛かったかなー、長かったー。とはいっても、御覧の通り松葉杖だし、なんとか会社までたどり着ける程度だけどね。そうそう、川島さん、お見舞いと差し入れ、ありがとうございました。」

 「真理さん、本当に大変だったわね。そろそろ復帰するのかな。」

 「うーん、課長が事務職に変えてくれたから、今からでも復帰できないことはないんだけど、通勤がねー。あと1ヵ月くらい様子見る。」

 「そうね。そのほうがいいわよ。悪化したらいけないし・・・。」

 話が途切れたところを見計らって、留美があいさつした。

 「あのー、初めまして。後任の木隅(きすみ)留美です。」

 「あー、留美さんね。初めまして、バイクで事故って休職中の真理です。川島さんから話は聞いています。ここ、希望してきたんですってね。珍しいわね。」

 「はー、そうですね。前の職場にちょっと問題がありまして・・・」

 留美は、企画を希望していたが、イベント企画で希望とは違っていたとも言えず、言葉を濁した。

 「うちって会社がでかくて、いろいろな部署があるからねー。ここは豊田課長がしっかりしているから居心地いいでしょ。事務所は地下1階で暗いけどね・・」

 「そうですね。前の職場とは雲泥の差です。」

 「だったら、何よりね。そういえば、もう、結構、着ぐるみの仕事した?暑いし、練習とかも大変でしょう。たまに臭いのもあるし。慣れてきたかな。」

 「最初は面喰いましたけど、結構楽しんでいますよ。色々変身できるし・・。」

 「デパートとかの着ぐるみは子供が蹴ってきたり、触ってきたりするでしょ。まあ、子供だけでなく、ちょっとキモい、大きいお友達もいるけどね・・・」

 「まだ、そういうのはやったことないですね。」

 「それはラッキーね。私が入った当時は、メーカーのお偉さんも触ってきたりしていたからね。面と向かって文句も言えなくて大変だったのよ。最近はどこもコンプラ厳しいから、そんなことはなくなったけどね・・・」

 「え?!」

 留美は、金縁メガネの社長の幻想を思い出した。

 「もしかして、乳製品の会社の社長さんですか・・」

 「え、留美さん、お尻触られたの。それは通報しないと・・・」

 「いえ、触られてないですけど。なんとなく、そういうこともあるのかなー、って。」

 「思い出した。あの金縁メガネでしょ。目がいやらしいものね・・・。そう思うのも仕方ないわ。留美さん気を付けてね。」

 留美は幻想のことは伏せたが、今まで見てきた幻想が、真理をキーにすべてつながったと感じた。最初のセクハラおやじ、戦隊スーツ姿の会話、鳥の着ぐるみを脱いだ時の会話、すべてが真理の経験ということだ。留美自身の黒岩に対する思いが幻想を見せているわけではなかった。むしろ、真理の強い思いや強く感じたことが一連の幻想となったのではないか。であれば、真理の黒岩への思いはどうなのだろうか。もしかすると留美以上に真理は黒岩を好きなのではないか。だとすると、留美がこれ以上深い入りする余地はない。

 「話は変わりますけど、黒岩さんとは仲良くされていましたか・・・」

 「あー、あのイケメンの黒岩さんね。なんか唐突ね。よく現場で一緒になったわね。何回か、お茶とか、軽く食事には行ったことあるけど、その程度よ。あなた、黒岩さんが気になっているの。かっこいいもんね。まあ、それほど深くは知らないけど、いい人じゃないかと思うわ。頑張ってね。」

 意外にも真理の思いはそれほどでもなかったようだ。真理の話は、黒岩から聞いた話とも一致していた。もし黒岩と付き合うことになっても真理に遠慮する必要はなそうだ。しかし・・・。留美は、自分が見た幻想と真理の関係が分からなくなり、その後の話は上の空で相づちを打って聞いていた。

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