第3章 かおり

 「それは謎ね・・・」

 会社のそばのカフェで、留美は同期のかおりをランチに誘ったのだ。そして、留美は何か不思議な幻想を見たことを相談していた。かおりは、少し派手目なオフィスカジュアルに、ロングのさらさらの髪をシュシュでまとめて、ランチのチキンを頬張りながら自分に問いかけるようにつぶやいた。

 「未来視、デジャブ、パラレルワールド、封印された過去、・・・ふーん、登場人物、場面、俯瞰、もや、・・・」

 もはやチキンは口に頬張ったままになっていた。かおりは海外営業部でばりばり活躍している。同じ本社ビルでも、相当上のほうのフロアが職場だ。スラッとしたスタイルでかなり美人、しかも相当賢い・・・。今日もスカートは短めで、カフェの少し高いカウンターから覗くすらっとした足が、いかにも、と言った感じだ。カフェに居る周りの男性たちの視線もどこか彷徨っているように見える。ダボっとしたカジュアルの留美とは対照的だ。

 留美がいた子会社も英語を話す点では同じだが、アジアのなまりのあるほぼ日本語の片言英語とは違い、かおりの場合、世界中の、しかも先進国の会社のネイティブ達と普通に英語で商談する部門だ。スタートからして雲泥の差だった。同じビルで働いているとはいえ、月とすっぽん。留美から見れば、夢に見た摩天楼のオフィスでハイブローな仕事をする理想のOLであった。

 しかし・・・、いくら才色兼備でも残念ながら完璧かというとそうではなく、趣味に若干の偏りがあるところに難があった。SF、ミステリーはまだいいが、オカルト、怪奇現象、新興宗教研究が趣味で、「ムー」と「宗教研究」が愛読書と明かすと、だいたいの男は引いていった。しかも、かおりは趣味の話が始まると止まらない。会社仲間との合コンの後で、知り合いの男性にかおりの印象を聞くと、あれはやばい、無理、美人なんだけどね・・という答えがほとんどだった。

 かおりは男性受けは悪いが、留美とは入社以来の付き合いで、ときどきプライベートで飲みにいったりもしていた。裏表がなく、付き合いやすかったので、お互い職場での愚痴を言いあったりしていたのだ。

 「口、口・・・・」

 留美はかおりにチキンのことを思い出させた。

 「あ、あ、そうね・・・。いろんな可能性があるわね。で、マスクを被ったときだけ見えるのね。」

 かおりは一応もぐもぐしながら問いかけた。たぶん、味は分かっていない・・・。

 「それが、いつもってわけじゃないのよ。戦隊モノの練習用のマスクでは見えたことないし、同じマスクでも最初の1回だけなのよね。不思議でしょ。」

 「ふーん、ますます謎ね。急に暗くなったからか・・・、マスクを被るときの頭の角度に関係があるのか・・・。登場人物、謎の女性、黒縁メガネのポマードギトギト社長、イケメンの黒岩・・・」

 今度はパンを口にくわえたまま、かおりはつぶやいた。

 「シチュエーションからするとデジャブかなー。暗くなった瞬間、気が遠のいて何かをみたような気がする。実は何も見ていなくて、後になって何かの拍子に、以前に映像を見たと勘違いする。新しい環境で疲れてるんじゃないの。そうそう超常現象は起きないからね。普通。」

 ものすごく現実的な結論だった。趣味はすごいが、やはり常識人だ。かおりは、いったん出した結論に満足したようで、今度はすごい勢いでランチを食べ始めた。

 「最近、職場変わったからね。職場で結構緊張しているとか・・・」

ごもっともではあるが、以前の職場よりかなり環境はいいと感じているのだが・・・

 「そうかなー。なんか、はっきり見た感じがするのよねー。」

 「黒岩さんが何かキーかもしれないわね。留美、少し気になってるでしょ・・・」

 留美は、かおりの言う通りかも知れないとも思いながら、ランチに戻っていった。

 「あー、今度わたしの部屋で実験してみる。うちにもいろいろマスクあるし、パーティー用のゴムのマスクとか買っとくから・・・」

 かおりは思い出したかのように切り出した。

 「うん、でも。また同じようなことがあったら相談するね。」

 留美は、かおりがいったいどんなマスクを持っているのか気になったが、相当偏りのある趣味のかおりである。どこかの種族が儀式で使ったマスクとか、なんとなく呪われそうなマスクがありそうだったので、軽く断った。

 「そう。結構レアものがあるんだけどなー。」

 留美は「それが怖いんだって・・」という言葉は飲み込んでほほえんだ。

 かおりは思い出したように、付け足した。

 「今度、特撮、特に巨大ヒーローとか怪獣が出てくるやつの撮影の時は声かけて、会社休んで見学に行くから・・・」

 かおりの新たな趣味が見つかった。

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