第22話



小旗 桜助くんへ


小旗くん、お元気そうでなによりです。だいじょーぶ、字はね、わたしよりもうまいです。さすが習字をやっていただけありますね。5年ぶりですね。わたしは今が5年間で一番元気かもしれません。先に言っておきますね。わたし、今でもずっときみのことが大好きです。


中学を卒業した後、地元でも可もなく不可もない高校へと通い始めました。プールの授業がない学校にしました。だからわたしの中でも、プールはあの中学で、小旗くんが助けてくれたことが一番の思い出だよ。


高校での委員会は、音楽委員、放送委員、アルバム委員だったかな。あまり覚えてないけど、3年生でやったアルバム委員は楽しかったよ。卒業アルバムの写真はほぼわたしが決めさせてもらったんだ。


わたしはとにかく、小旗くんをなるべく思い出さないようにその頃はとても必死だったんだ。大事にしたくて、自分の中から外に出したくなくて、他の新しい出来事に上書きもされたくなかったから。


でも、やっぱり、ふとした時に小旗くんのことを考えてた。くるしくて、甘い、ふたりの時間を何度も何度もなぞって過ごした。恋をしてる感覚が、そこにはあったよ。恋い焦がれてどうしようもなくなるような、甘い痛みが胸を刺すの。…なんて言い方を小旗くんにしたら「でた、結実のそういう考え方」なんて言われそうだなあ。


そういえば小旗くんは、中学を卒業してからの5年間で他に2人の人に惹かれたって言ってますね。隠さないのはいいけど…ふざけんなばかやろう、何がわたしに似てる人だ、ひどい男だな。わたしはその女の人たちに同情しそうですよ。ぜんぜん怒ってないし泣いてもないんだからね…!


なんて。正直に白状すると、わたしも一度だけ、揺らいだことがあります。

どうしようもなく淋しいと思ったことがありました。高校生の時、周りの子がどんどん好きな人と幸せになっていって、そういう姿を見てると羨ましくなっちゃって。小旗くんはわたしのこと忘れてるかもしれない、なんて被害妄想までして、自分ひとりで勝手に淋しくなってる時、ちょっと華がある男の子と出会いました。


そういう人に限ってわたしの孤独を見抜いてくるから嫌になっちゃうよね。でも、思えばその人も、どこか小旗くんに似ていたような気がします。わたしもきみとおんなじです。(でも1人だけなんだから!)


まあ、きみがわたしの元に帰ってきてくれるなら、つべこべ言わないように努力しますね。


生死を彷徨った、という話は聞き捨てならない…!傍にいられなかったことがちょっと悲しい。そして、生きててくれて、本当にうれしい。


わたしたちの夢を見たなんて、ちょっとかわいい夢旅だったんだね。わたしの想像(妄想って言わないでね)は小旗くんの夢になって、その夢がいつか正夢になればいいなあ。正夢にしてね。BARに行きたいの、いい感じのところ。居酒屋でもいいけど…ちなみにわたしは、お酒が強いみたいです。だから小旗くんに寄りかかったわたしは、きっと計算ですよ。


小旗くんが思い出すわたしは、なんだか恥ずかしいね。背伸びは、小旗くんが意外と背が高いからそのせいだよ。腕を掴んでるなんて知らなかったから完全に無意識です。かわいいでしょう?


わたしは、小旗くんが飼育委員になると思って飼育委員にしたんだよ。何かを育てること、命を見ること、小旗くんは好きでしょう。だからわたしも好きになりたかった。にわとりも共食い魚もお察しの通り不気味でこわかったけど、わたしができないことはきみがやってくれたよね。にわとりのえさやり、きみがいないときは本当にきつかったよ…。あの時だけはちょっと小旗くんを恨みました。


あ、そうそうすごいんだよ!ミーシャとウサコの赤ちゃんが産まれたんだよ。たしか3年前だったかなあ。ミーシャとウサコは残念ながら…しんでしまったんだけど(泣きまくったよ)代わりに二匹によく似た白黒マーブルの子供たち(今は大きい)がいるんだよ。繁殖のすごさを目の当たりにしました。ねえ小旗くん知ってた?ウサコ、オスだったの。わたしは知りませんでした。とにかくめでたい。赤んぼうを産んだばかりの二匹の写真も入れておくね。後ろのほうににわとりもいます。


アメリカって広いけど都市はどこなんだろう。わたし、海外はハワイしか行ったことないです。ハワイもアメリカかあ。じゃあ1年前に行ったから、一緒に日本じゃない国にいた日があるってことだね。


ドナーが見つかったことが奇跡だってことくらいわたしも解っているつもり。きみは心臓をくれる人の分まで、生きないとだね。でもわたし、小旗くんに看取られるのはちょっと嫌だなあ。長く生きた夫に先立たれたおばあちゃんになって、老人会で独り身を満喫したいです。だってわたし、小旗くんに次会ったらすぐにでも結婚したいもん。そうなると独り身ライフはあまり満喫できなそうだし。


あ、いけないいけない、理想の未来がどんどん膨れていくよ。ポケットの中が溢れそう。でもわたしたちの未来ってきっと無限大だから溢れることはないんだろうね。最近は、大学で、小旗くんの話をよくします。未来も思い出も自分のものだから大事にしていれば上書きされることも迷子になることもないと思って。


みんな「紹介してね」「結婚式は呼んでね」なんて言ってくれるんだよ。付き合い良い友達がいて幸せです。あとはきみだけ。

そうそう、成人式でした。振袖は、黒地に桜と鶴となんだかよくわからない柄が入ったものにしました。おじいちゃんとおばあちゃんが買ってくれた、ちゃんと刺繍が施されたお高い着物なの。結婚式にも着たいと思ってるから、小旗くんはその時に袴を着られるよ。タキシードより似合いそうだなあ。早く見たいなあ。


では、またすぐにでも。

元気な姿を待ってるからね。大好き。



桜川 結実より



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