大人になったらさ、なんて
第21話
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桜川 結実へ
桜川 結実さま、お元気ですか。
ぼくは元気です。字は頼りないかもしれませんが、ここ最近かなり体調が良いです。だから元気です。
今何歳だっけ、何月だっけ、誕生日はまだだっけ、とふと考えることがあります。25歳までまだあと5年もありますね。
なあ結実。他に好きなやつとかできてねえよな?
告白されたら「将来を約束した人がいます」って答えろよな。絶対だぞ。
なんて。5年も連絡しなかった男が何言ってんだって感じだよな。俺もそう思うよ。けっこう今書きながら笑ってます。だからここ結実も笑うところだからな。
結実は進学して大学生になったと風のうわさで聞きました。本当にそうだったらいつかキャンパスライフの話を聞かせてください。俺は今、高校受験をしようかと思っています。中学を卒業してから今まで5年間、実を言うと、ずっと病院で過ごしてました。外出できたのは最初の2年とつい最近くらいかな。最近に日本に戻ってきましたがここ1年半はアメリカで治療をしていました。
アメリカに行く前、生死を彷徨いました。還ってこられたことが奇跡だと医者には言われた。
三途の川なんてなくってさ。死んだじいちゃんの姿もなくって心細くて諦めようとしたんだけど。
でもさ、すげえの。結実が中学の時に言ってた【未来の理想の話】が現実になる夢、見たんだ。ちょっと大人になった結実が化粧してパンツスーツ着てヒール履いて仕事に向かっていく姿とか、料理教室でハンバーグ焦がしてるのとか、ヨガで超笑えるポーズとってんのとかさ、見えんの。とうとう死んだかなって思った。死んで幽霊になって結実のこと見守ってんのかなとか。でも違ってさ。街が騒がしい金曜日の夜に、街の外れにあるBARで、大人になった俺と結実が酒飲んでんのも見えて。あ、たぶん俺のはアルコールじゃないけどさ。結実はちょっと頬を染めておれにもたれかかってきて、俺もまんざらじゃないって顔で。何杯か飲んだ後は、結実の言うことを聞いて、俺ん家なのかな。よくわかんないけど、アパートに行ってさ、あの日の続きをするんだ。…あ、そんな鮮明に見えたわけじゃねえからな。
でも、たぶん、すげえ幸せそうだった。ふたりともだよ。俺は、自分と一緒に産まれたこの病気が治る夢を、生死を彷徨いながら見たんだ。
きっと結実との約束に救われたんだと思う。
だからさ、約束した日は「約束できない」なんて言ったけど、それ取り消すよ。
約束するよ。結実がたとえいやだって言っても、あの夢を結実の未来にする。だからあと5年、待ってて。少し早まったり遅くなったりしたらごめんけど…頼むから、俺のこと、まだ好きでいてほしい。
って言っても、俺さあ、この5年で2人くらい人好きになったことあってさ(笑)あ、今泣きながら怒っただろ。泣くなよ、ごめんって。中学卒業して本格的に東京で入院を始めたころ、同い年の女の子に出会ってさ。いろいろあって仲良くなったり。アメリカに行く前に出会った看護師さんはけっこう俺の為に駆けずり回ってくれて憧れちゃったりさ。人生何があるかわかないよなー。
あ、にらむなって。でもふとした時に気づくんだ。「あ、なんか結実と似てる」「結実もそう言いそうだ」とか。気づいたら、そこにいない結実を必死に探してた。
俺はけっきょく、結実との思い出ばっかなぞってこの5年生きてたよ。
物騒なニュースに本気でこわがって隣のクラスの俺にまで聞こえるくらいでっかい声で叫んでたこと。(ついでにクラスメイトと話してたホラー映画の話でもそうなってた)
結実が溺れて思わず飛び込んだとき、学校のプールの温度と、人の体温をはじめって知ったこと。
教室に入ってきた蚊も殺せないくらいこわがりな結実を「いいな」って思ったこと。
結実が俺と同じ委員に入ってたとき「あーこれは好きになるわ」ってあきらめにも似たような気持ちになったこと。
にわとりにビビる声も、ミーシャとウサコを撫でるとき同じようなうさぎ顔になるのも、魚がうまく泳げることを羨ましそうに見てるきらきらした目も、共食いにこわがる顔も、寒がりなとこも、さらさらした髪の感触も、キスするとき背伸びがうまくできなくて俺の腕掴んでくるところも、離れるとき泣きそうになるところも、全部憶えてるよ。早く会って、記憶じゃなくて今起きてることにしたい。
なあ、ちゃんと、希望になってるよ。
ありがとうな。ネバーランドを願ってた子供の頃が嘘みたいに、大人になりたい。早くなりたい。待ってて。あと5年で、必ずまた会いにいくから。
手紙、届きましたか。
今日は成人式だったかなと思います。
返事にはぜひ振袖の写真を入れてください。
俺はそうだなあ、袴もスーツも残念ながら着れなかったから、代わりにあるものを同封します。ブナンですが。この前外出した時に買いました。俺ももう絶対目移りなんてしないからさ、だから男除けにしてください。
ではまた、すぐにでも。
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