第8話

水族館の魚しか知らないけど、あの子たちに比べたら到底優雅とは言えない狭苦しい泳ぎを、小旗くんはぼうっと眺めている。


飽きないのかな。


飼育委員の仕事にすっかり飽きたわたしは使用済のまま放置されてる化学の実験道具を洗うために腕を捲った。




「俺、桜川のそーいうエライところ、気づくところ、けっこう好きだよ」



けっこう、は嘘だな。

きっとすっげー大好きだろうな。



「そうだろうなあって思ったからやってみただけだよ」


「え、計算? それもいいね」


「わたしも……小旗くんが好き」




魚のように水を泳げなくても。


鳥のように長く飛べなくても。


うさぎのように走れなくても。



優しくて、震える手を隠してしまうくらい恥ずかしがり屋で、そのくせダイタンなことをやってしまう、ちぐはぐな小旗くんが、たまらないよ。



「そっか。ありがとう」


「…っ、わたしこそ」



化学室の真ん中。


流しっぱなしの蛇口の水と、外の雨と、きみの前髪で隠れた、隠しきれてないひとつぶの雫。



わたしたちは、一瞬重なるだけの、精一杯のキスをした。

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