戸塚あきらのラーメン精神論
中田もな
戸塚あきらのラーメン精神論
「これ、営業の戸塚君に届けてくれない? 確か、同期だったでしょ?」
先輩に言われた瞬間、俺は「ああ、戸塚ですね」と反芻する。そして、あいつのぬぼーっとした顔を思い浮かべた。
法務部の俺と、営業部の戸塚。定期入社の二年目ということ以外は、契約書のやりとりぐらいでしか関わりがない。……と、先輩たちには思われているかもしれない。だが、俺と戸塚は他でもない、「ラーメン」と言う単語で繋がっていた。
新入社員一日目、恒例の自己紹介イベント。戸塚あきらという男は、開口一番、こう言った。
「戸塚あきらです。営業一課に配属になりました。特技は美味しいラーメン屋を探し当てることです」
何故だか分からないが、この自己紹介がひどく印象に残った。他の誰が何と言ったか、ましてや自分が何と言ったのかも覚えていないのに、この戸塚の言い回しが頭から離れなかった。
「なぁ、お前、ラーメン好きなの?」
「別に、普通。けど、美味しいラーメン屋は分かる。店の前を通るとさ、なんかピーンと来るんだよな」
こいつ、相当変わった奴だな、と俺は思った。だが、嫌いじゃない。それに、俺はラーメンが好きだから、名店が見つかるなら好都合だ。
俺は一応、戸塚と何度か話をして、本当にヤバい奴じゃないかだけ確かめた。そしてある程度の安心材料を得たのちに、「ラーメンを啜る会」という適当なメッセージグループを作り、そこに戸塚を招待した。以後、俺と戸塚は二人っきりで、気が向いた時にラーメンを食べている。
探索が始まるのは、大抵こんな具合だ。俺がグループに「仕事終わりに、ラーメン食いに行こうぜ」と打つ。すると戸塚が、「オッケー」のスタンプを送ってくる。それで二人で会社を出て、ラーメン屋に行くってわけだ。
街をぶらぶらほっつき歩き、戸塚の勘だけを頼りに店を探す。日本は大ラーメン時代。とは言え、名店との出会いは運次第。例え火の中水の中……とまではいかないが、戸塚には随分と連れ回されたもんだ。
この前は、真冬の超大寒波の中、リヤカーで味噌ラーメンを食べた。こんな日にリヤカーを出している店主のおっちゃんもだが、平然と麺を啜っている戸塚もどうかしている。だが、凍えながら食べたからだろうか、俺史上最高のラーメンだったかもしれない。
またある時は歌舞伎町のキャバクラに連れて行かれ、ここのラーメンが美味しい気がするから頼めと言われた。キャバクラのラーメンなんかと思ったが、どうやら店内キッチンで中華料理の凄腕が働いているらしく、出てきたのは中国の本格的なラーメン(確かメニューには、「兰州拉面」と書かれていた)だった。キャバクラまで来て、嬢ではなくラーメンにがっついたのは、後にも先にも俺たちだけだろう。
そしてこの日も、クッソ狭い路地裏の、クッソ狭いラーメン屋で、二人肩を並べて座っている。この店、本当につい最近開店したばかりのようで、口コミサイトを見ても情報はゼロだった。
店にも俺たち以外には、店主の女の人しかいない。パッと見ても、大学生ぐらいの歳(つまり、俺たちとほとんど変わらない歳)としか思えない。そんなオーナーがテキパキと動く姿は、素直に好感が持てた。
「ご注文は?」
戸塚が俺の耳元で、「油そばの欄にある、『油豚ぶたブタちゃんまみれ』を注文して」と言う。こいつ、メニューを指定してくるクセに、自分では注文しないんだよな。そう思いつつ、「油豚ぶたブタちゃんまみれ、二つ」と詠唱した。
「この店はね、中華そばがウリって書いてあるけど、油そばが一番美味しいと思うんだよね」
「また、いつもの勘か?」
「うん、メニューを見て、ビビッときた」
そう言うと、戸塚は壁掛けテレビをぼーっと見つめる。ニュース越しでキャスターが、外国の内戦の様子を取材していた。
改めて思うが、こいつはかなり変な奴だ。ちゃんと営業できているのだろうか。もし俺が同じ営業だったとしても、こいつとは客先を回りたくないな。俺はそんなことを考えながら、オーナーが麺を茹でる様子を観察した。
丼に上がった中太面に、特製だろうか、色の濃いカラメをさっと絡める。その上に、ネギとメンマをたっぷりと載せ、焼き色のついた角切りチャーシューと、お馴染みの薄切りチャーシューを、これでもかとトッピング。最後に背脂をドバドバと掛ける姿は、若い女店主とは思えないほどの漢気だった。
「はい、お待ち! 油豚ブタぶたです!」
見るからに、寿命が縮まりそうな一品。だが、こういうのがウマいんだよな。
俺はずぞぞと豪快に麺を啜る。一方の戸塚は、ちまちまと一本ずつ、女みたいな食べ方をする。
だが、思っていることは同じだ。このラーメン、結構ウマい。
「うん、ウマいな」
「これ、おそらくだけど、醤油が良い味出してるんだ。だからきっと、看板の醤油ラーメンも美味しいんだろうけど、油そばは汁がないから、その分醤油の味をダイレクトに感じられる」
つくづく感心するのは、こいつは名店を探し当てる勘だけでなく、分析力もあるってことだ。IT系で営業なんかしないで、もっとラーメンに関係のある仕事をすればいいのに。
「お前、ラーメン屋を取材する評論家になれよ。きっと売れるぜ、名店発掘ライターってな具合で」
「えー、無理だよ。だって俺、文章力ないもん。今日だって、提案書の書き直しさせられたし。これで三回目だよ」
そんな会話をしていたのが、戸塚が突然、「なぁ」と話を遮ってきた。
「人間がラーメンで分かり合えるようになったら、戦争なんか無くなるのにな」
「はぁ?」
突拍子もないことを言い始めるので、思わず間抜けな声が出た。だが奴は、存外真面目腐った顔をしている。
「いやさ、俺、急に頭の中にキュピーンと閃きが起こって、美味しいラーメン屋を見つけてるんだよ。今まで行ったことない場所でも、知らない場所でも、突然店名と場所が思い浮かぶ」
箸で麺を持ち上げて、下ろして。チャーシューを掴んで、また下ろして。ラーメンを食いながら話す時の、戸塚のクセだ。
「いつだったか忘れたけど、イギリスの店が頭に浮かんだこともある。イギリスだよ? あんなに飯マズって言われてるのに? でも、イギリスにも美味しいラーメン屋があるんだってさ」
イギリス? 咄嗟に思い浮かんだのは、サッカーとフィッシュアンドチップスだった。イギリスにも、ラーメン屋ってあるんだな……。
「でさ、頭の中に急に浮かぶから、俺は四六時中ラーメンのことを考えてる。人類全員そうなれば、戦争なんかしてる場合じゃないのにって……」
……いや、ダメだ。我慢の限界だ。
俺は盛大に吹き出した。「何だよ、笑うなよ」と言う戸塚を見てると、さらに笑いが込み上げてくる。
「いやいや、良いアイデアだと思うぜ? 今度課長の前で、プレゼンしてみろよ。新しい企画です、ってさ」
「もー、馬鹿にするなよ」
こうしてまた、「ラーメンを啜る会」の夜は更けていく。
戸塚あきらのラーメン精神論 中田もな @Nakata-Mona
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