第5話
ヴィクトリアは王宮で聖女の仕事をしているが、オーロラは王宮にて王妃教育を受けている。そのため二人は顔見知りだ。
ヴィクトリアはオーロラと積極的に親しくすることはなかったが、特別避けるような態度も取っていなかった。
それは勿論ヴィクトリアが善人だからではなく、自分が王太子の婚約者となった際にヴィクトリアの悪い噂が流れないよう対策しているだけである。
しかしオーロラはそうではなかったようで、ある日を境に徐々に話しかけられることが増えていった。
何か特別な出来事があったわけではなかったので、王太子に想いを寄せていることがバレて探りを入れられているのか? と最初は訝しんでいたが、それにしては好意的な態度を取られるので困惑している。
一応現在は王太子の婚約者という立場にいる相手であるからして、ヴィクトリアであっても邪険にできる相手ではない。
周囲にもヴィクトリアとオーロラの仲は良好だと思われているようである。特に不都合はないので放置しているが、一方的にライバルと思っている状況だけでもモヤモヤするのに、仲良しだと思われるのは更に癪である。
しかし、今回はその状況すら利用することにした。
ジェイダを味方につけた翌日、オーロラが周囲にどう思われているかの調査をヴィクトリア自身でも行うことにしたのだ。
まず、聖女仲間に探りを入れてみる。
「私、先日筆頭聖女に任命されて、王太子殿下と共に遠方へ任務に行くことがこれまで以上に増えると思うのだけれど、殿下はオーロラ様のような女性に慣れていらっしゃるでしょう? 私、聖女の力以外は平凡ですから、失礼に当たらないか心配ですの。どう思われますか?」
これが定型文である。
仲が良いと思われているが、その実ヴィクトリアがオーロラに引け目を感じている──という風に思わせる。
オーロラに対して好意的な者はオーロラを褒めそやすだろうし、嫌っている者が居ればヴィクトリアを立ててオーロラを非難するだろう、という算段である。
ちなみにヴィクトリアの悪口を面と向かって言う猛者は居ないため、ヴィクトリアへの評価については全く当てにしていないどころか聞き流している。
今日は王宮でのお仕事だったため十人以上の聖女に聞き込みを行えた。まずまずの滑り出しだろう。
しかし結果は振るわなかった。
イーサンに憧れる者は多いため、オーロラを邪魔だと思っている者も少なからずいると予想していたのだが、オーロラの人気は凄まじかった。
いや、彼女には他人に付け込ませる隙がないと言うべきか。
認めたくはないが、ヴィクトリアも本心では理解している。彼女には欠点という欠点が特にないのだ。
主な聞き込み結果は以下の通りである。
幼い頃から優秀だと将来を期待されてきたイーサンと政治的なことを語り合える知性があるだとか。
パーティーで踊る殿下とオーロラの姿は華やかで神々しいだとか。
完璧すぎて取っ付きにくい印象があったが、ヴィクトリアに話しかける様子は年相応に見えて親近感が湧いたとか──オーロラのイメージアップに貢献してしまっていたようで誠に遺憾である。
あれこれ聞き出そうとしたのはヴィクトリアであるのだが、二人が踊る姿を思い出してしまい最悪の気分になってしまった。
兎も角、十人中十人がオーロラに対して良い印象を持っているということが分かってしまった。これでは調査対象を増やしたところで暖簾に腕押しだろう。
そしてそれは、早速情報を持ち帰ってきたジェイダも同じ結論だった。
「オーロラ様にはこれといった弱点は見られませんね。騎士だけでなく王宮勤めのメイドや家庭教師からも評判がよく、オーロラ様に聖女の力はありませんが、一部では『聖女のようだ』と言われているとか」
「ちょっと! それは聞き捨てならないわ。聖女の仕事もまともに理解していない連中の戯言であっても許せない!」
聖女は祈るだけの仕事だと思っている一般人も少なくない。しかし、実際には地味な仕事の方が多いのである。
例えばポーション。
市場に出回るポーションは薬屋が調剤している物が多いが、金銭に余裕のない者にも行き渡るようにという国の方針から、孤児院や教会には聖女が作った特別なポーションが寄付されている。これらは日々聖女がコツコツと作り貯めている物で、各地に駐在する医療従事者が必要と判断した場合は無償で提供されている。
聖女の力で作られたポーションは市販の物よりも高額ではあるが販売もされており、普通の物よりも保存が効き、効果も持続するとされている。
その売上金は国の発展のために使われ、最近では郊外に学校が一つ建てられたとか。
こういった地味な作業は力のあるヴィクトリアにはあまり回ってこないものの、国民を守るためには欠かせないものだ。
しかも、人体に影響を与える物なので、寄付できるクオリティの物を作れるようになるには修行が必要だ。聖女に選ばれた者が例外なく通る道である。
聖女としての苦労をしたことがない者が『聖女』だなどと笑わせる。
しかし、世論が「そう」だと言うのなら「そう」なってしまう。これから軌道修正することは可能なのだろうか。
改めて事の難しさに唸るヴィクトリアであった。
「とりあえず、オーロラ本人は様子見ね。ディアス家の調査に移った方が良さそうだわ」
「承知いたしました」
にしても、調査一日目にして同僚の騎士以外にメイドや家庭教師にまで聞き込みの範囲を広げているとは。
ジェイダの優秀さをまざまざと見せつけられたヴィクトリアは、彼女を味方に引き入れられた幸運に感謝した。
そして優秀は彼女は一週間後、驚くべき情報を持ち帰ってきた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます