第4話
四歳で聖女の力を認められてから十一年。
コツコツ聖女としての経験を積み、座学では並の成績しか出せなかったが、実践でヴィクトリアに並ぶものは居なくなった。
ヴィクトリアの聖女の力を見た誰もが「彼女が今代の筆頭聖女になるだろう」と予想していたし、十五歳になった日、その予想は現実となった。
と言っても、ヴィクトリアはこれまでも筆頭聖女になるためにたくさんの仕事をこなしてきたので、実際に任命されたからといってそれほど大きく変わったことはなかった。
たった一つを除いて。
筆頭聖女は誉れある役職であり、国を繁栄に導く重要な存在である。その立場は準王族と目されるほどで、なんと王宮から護衛が配属されるのである。これは筆頭聖女が平民であっても変わらない。
勿論ヴィクトリアも例外ではなく、ジェイダという女性騎士と日々を共に過ごすこととなった。
女性と侮ること勿れ。彼女は百八十センチ近い身長にしなやかな筋肉を持った、凛々しい女性である。
ジェイダを連れて任務に赴くこと数回。早くも彼女にヴィクトリアが王太子に想いを寄せていることがバレた。
勿論彼女が突っ込んで聞いてきたわけではなく、王太子に聖女として成長したと褒められたヴィクトリアが王太子と別れた後、我慢できずモジモジしながら「はぁ……殿下、今日も素敵だったわ……」と零したところを聞かれたのだ。
最早言い逃れはできない。いや、本音を言うと、他の誰にも言えなかった想いを誰かに言いたい。
ジェイダはヴィクトリアの護衛騎士だ。ヴィクトリアにとって不利益なことはしない。
短い付き合いだが、既にジェイダを信頼できる人間だと判断していたヴィクトリアは、遠方から帰る馬車の中で十一年分の王太子への想いを聞かせたのだった。
ジェイダはただ頷きながらヴィクトリアの話を聞いてくれた。初めて人と恋バナをしたヴィクトリアの話はとてつもなく長く、途中であっちこっちに逸れることもあったが、ジェイダは婚約者がいる男性に想いを寄せるヴィクトリアを否定しなかった。
「ヴィクトリア様は王太子殿下の婚約者になりたいのですか?」
「ええ、そうよ。そのために筆頭聖女になろうと十一年努力してきたの。──まあ、本当の正念場はここからなんだけれどね」
ヴィクトリアの脳裏にオーロラの姿が過ぎる。
「オーロラ・ディアスは周囲からの評判も、その……悪くないじゃない」
「品行方正で王太子殿下にお似合いだとか」
「それを私の前で言うんじゃないわよ!」
「失礼いたしました」
キッとジェイダを睨みつけたヴィクトリアだったが、あまりにもスンとして動じていないジェイダの姿に少し冷静さを取り戻した。
ジェイダは護衛騎士であるが、侯爵令嬢かつ筆頭聖女であるヴィクトリアに媚びへつらうことをせず、常にフラットな目線でいた。ヴィクトリアにはそれが珍しく、気に入っていた。
「ええと、だから、私が王太子殿下の婚約者となるために、オーロラをどうにかして殿下の婚約者の座から引きずり下ろさないとって話よ」
「例えばどのように?」
「それは勿論、オーロラの弱みを握るのよ! ディアス家のでもいいわね」
「品行方正なオーロラ様にそのようなものあるでしょうか」
「現実的じゃないのは分かってるわよ! でもなりふり構ってられないの」
二人は十八歳になったら結婚するのだ。今は十七歳。もう一年しか猶予がない。思い付く限り手を尽くさないと、後悔が残ってしまう。
ヴィクトリアは王太子の婚約者になるために奔走してきたし、これからもそうするつもりだ。けれど、もしも、万が一、それが無理だったら──この十一年の想いを昇華するためにも、やれることは全てやろうと覚悟を決めていた。
「風の噂で聞いたけど、ジェイダは諜報活動も得意なのでしょう」
「そのような仕事もございますが」
「ね、ちょっと協力してくれないかしら? 一年間だけ。報酬も出すわ」
この噂を聞きつけてから、ジェイダを味方に引き入れることは必須事項だと考えていたヴィクトリアは、一先ず素直にお願いしてみることにした。
聖女として仕事をしていくうちに知ったことだが、こういうお願い事は真摯に素直に言うのが一番心に響くのだ。
数々の願いを聞き届け繁栄をもたらしてきたヴィクトリアは、ジェイダが頷くまであの手この手でお願いするつもりだったが、案外あっさりと引き受けてもらうことができた。
「かしこまりました。ヴィクトリア様のご命令とあらば」
「別に命令じゃないわよ。貴女を見込んでの頼み事よ」
「失礼いたしました。ヴィクトリア様からの頼み事とあらば。それから報酬は必要ありません」
道ならぬ恋をするヴィクトリアに同情し、オーロラに弱点がないことを示して諦めさせようとしているのかもしれない。
あるいはただ単に、今の護衛対象であるヴィクトリアの願いだから断らなかっただけか。
どちらでもいい。私の王子様を手に入れるためならば、なんだってやってやる。
ヴィクトリアは自身に微笑みかけてくれる王太子の姿を思い浮かべながら決意を新たにした。
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