6-5

終礼までつつがなく進み、ようやく終わったと結衣はペンケースのチャックを下げた。

今日は何だか疲れる日だった。しかし帰りしにも園児は出くわす可能性があるから安心できない。いっそクララに家まで着いてきてもらうのはどうだろうか、一応玄関まで送られたこともあるし、誘ったら来てくれる気がする。


ひとまず小テストの直しも無いからペンを返そうと、ケースを広げた結衣はふと真顔になった。教室からは、またクララがどこかに消えていた。


「シャーペン……」


筆箱をのぞき、結衣は今朝と似たような状況に陥った。







それから結衣の探索は始まった。


無い。クララに借りたシャーペンが無くなっていたのだ。結衣は掃除当番じゃなかったが、机を移動させ見渡しのよくなった教室を邪魔にならないよう隈なく歩き回った。


シャーペンを一日に二度もなくすなんてあり得ない。結衣もそのくらい分かっていた。特に後の方は、クララからの借り物だ。普通に使っていてなくすはず無いのだ。


今日の五限は数学で、六限は家庭科だった。どちらも教室だ。ただ家庭科は裁縫だったので、その時シャーペンがまだあったかは定かじゃない。ならば、と色々考えたが、やはりなくなった経緯で探すところが思い浮かばなかった。


結衣はついにゴミ箱を漁りだした。さすがに当番に当たったクラスメイトが不審げに結衣を見たが、恥を忍んでもシャーペンの方が大事だ。ごみは昨日出しに行ったみたいで、袋の中にほとんど何も無かった。


業を煮やした結衣は、まさかとは思ったがトイレに行った。個室一つ一つのサニタリーボックスを空けてみるが、ボックスの高さぎりぎりなはずのシャーペンはどこにも刺さっていなかった。


どうしよう、と血の気が引いた。自分のものならまだしも、クララが怒るとどうなるのか結衣は想像もつかなかった。

体の芯がひんやりする。


頭の中では「クララの物だし、そもそも存在するかどうかも怪しいじゃん」とか「万一見つからなくても、新しいのを買ってあげたらいい話でしょ」と言い訳が渦巻くが、それじゃ心の中まで慰めきれないのだ。


もし、本当に見つけられなかったら。


洗面所で手を水に浸すうち、現実味を帯びたそのもしもに結衣は不思議と冷静になった。

外ではどこのクラスか、掃除中の運動部らしい生徒の声が響いて、ドタドタとまた追いかけ合いをしている。キンと天井を突き抜ける奇声や、石段の場所とは違うがやはり煩い足音は女子トイレの中まで伝わり床と空気を揺らす。


今、クララはどこにいるだろう。結衣は水から手を引き上げた。プチッと腕に小さく痛みが走ったのはその時だった。




ハンカチで拭いた手のひらに、血が滲んだ。




この前こけたところだが、その傷はもう塞いでいたはずだった。

そう思った矢先、プチリと切れたミサンガが、水道の溝に吸い込まれていった。





『返シテ………』





みるみる色が変わる腕に、結衣は忘れていた恐怖が大波になって押し寄せた。


ミサンガはとっくに溝に落ちた後だった。


脂汗がほとばしる中、思わず宙を睨んだ結衣はあんまり突然のことに愕然とした。


鏡に映った自分の顔が、無くなっていたのだ。


嘘だと結衣はもう片方の手で顔を覆った。だって触ったら、確かにここには目も、鼻も、眉も口もあるはずなのだ。なのに鏡は結衣に、まったくあの園児と同じのっぺらぼうを主張する。そのうち顔は、下から腕の痣に侵されだした。


廊下の喧噪は、もう反響しか聞こえなかった。

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