4-6

翌朝、母が慌ただしく戸を閉めていくのを横目に、結衣はもそもそとバターの足りないトーストをかじった。居間のテレビでは朝刊に間に合わなかったニュースをアナウンサーが能面で読み上げていた。


騒がれていたのは、先日新聞にも載っていたあの死体遺棄に関することだった。新しく事件があったのは結衣の高校と近い山奥で、今度は男の遺体が見つかったらしい。結衣はとっさに携帯を確かめた。これを機に登校禁止なんかになってるんじゃないかと期待したのだが、特に学校から連絡は来ていなかった。今日の授業はつつがなく進められるらしい。


死んだ男は前科持ちだったようで、発見から事件の真相に行き着くまでは早かった。というのも、彼のDNAは先日見つかった遺体の女性からも検出されていたそうだ。原因が金銭トラブルか、痴情のもつれか、その辺りはまだはっきりしていなかった。















「でね、その見つかった人、焼け焦げてたんだって」


やっばあ、と甚く不謹慎な話をひそひそ盛り上がるのは、いつもその方面の電車に乗っている女子高生の一群だった。


「っていうか今回の事件、うちの高校から近すぎじゃん?」

「このまま試験つぶれんかなー」


今日の登校すらなくならないというのに、彼女らは夢見がちだ。以降話は別の方向にそれていることからさして興味もそそられていないのは一目瞭然だが、これだけ地元だとやはり注意は引くものらしい。隣で座ったでかいほくろのある爺さんがそろそろ苛ついて口を開きそうだったので、女子高生らはくすくすと声を落とした後、黙って各自携帯をいじりだした。どうして公開してない位置情報が把握されているのか、スマホに流れてくるネットニュースは今朝の焼死体の話一色だ。


仮の彼が死体遺棄の犯人だったとして、死人に口なしとなると困ったことが一つある、SNS上で無名の誰かが知ったような口ぶりで呟いていた。彼女はそのコメントの冒頭だけ目を通し、さっさとそれをスクロールしてしまう。どこぞの誰がうそぶくことよりも、知人の上げたものをチェックする方が優先だ。折れたたまれたコメントのshow moreは開かれる前に画面の上端へと消えていく。


———遺棄された明らかな他殺体に残る、刺し傷を創った凶器が未発見なことを、彼女が知ることはもうない。






電車はゆったりとホームに停まり、ドアからわらわらと制服の藍と黒色が雪崩れる。仏電車しか停車しないとはいえ、八時前後のこの駅はよく混む。毎日こうなのだから、登下校時のラッシュくらいは準急も停まってほしいところだ。

例の女子の一群も、階段の方へだらだら進みながらちらりと目を合わせた。


「……今日、いたね」「うん」


四人は順々に前の流れへと視線を添わせた。同じような黒髪のこうとうぶばかりなので、いてもすぐに見失ってしまう。


「あー、背え小さすぎて見えないや」

「あんた推しに対して失礼過ぎない?」

「違う違う、あたしが小さすぎるって話」

「ほーんとおー?」

「本当だってばっ!」


階段上り待ちの子列で、リュックのストラップを跳ねながら確かに小さめ女子生徒が一群の真ん中で声を張る。ふうん、と目を細め、隣の女子は段の先にその視線を移した。


彼女の方は平均よか背があり、この傾斜のかかった中ではそれも無意味に近いが一瞬ちらりと人の合間に目当ての顔が見えた。なるほど時の女子高生が推しと称すだけ、今風に整った顔は男だが中性的で、背丈はそれほどないが色白なのが「それはそれでいいか」と思わせる優男だった。かつて平安の男も、痩せてはかなく倒れそうなくらいが良いと言われていたそうだから、時代は千年前に戻っているのかもしれない。


いつも小難しそうな本を読んでいて、到底彼女らとは話が合わなそうなのは傍目で分かった。……主に、自分たちの知能の方が彼についていけまい。だからあくまで「推し」、である。小柄な友人はかなり熱を上げているが、その辺気づいていてほしい。


「水飼くん、やっぱ今日も可愛いわあー」「こういう時のミサっちって結構キモいよね」「え、ひどっ」


毒を吐き合いながらようやく上り着いた先に五列の改札口が見える。ようやく平坦な道に立って、見通しやすくなったところでぱっと視界に噂の水飼が映った。


多分、彼とは背がちょうど同じで何かと目に入りやすいのだと思う。やはり水飼は縦書きの本を片手に、雑然とした人の流れに紛れている。しかし視線を外そうとした時、どきりと胸が鳴った。


水飼が、こっちを見ていたのだ。


思わず緊張して、個人的には友人ほどファンでもないのに手の内に汗が滲んだ。


目が合ったのは一瞬で、次にはもう大きな他の男子生徒の背中に隠れてしまった。しかしその一瞬たりとも、本から目を外していたこと自体日頃の通学で滅多に見ることがなかった。


ミサは水飼の珍しいところを見逃してしまったようだ。惜しいことをした。

ちょうどその時制服のポケットではまた携帯が揺れたが、どうせまた今朝の話の新着記事だろうと彼女は見向きもせずリュックから定期を取りだす。


まったく今日は朝から、妙なことばかり続くと思った。

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