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さんざん言っているが、もともと結衣の勘によれば———というか、周りの反応を見て知るとおり、クララはたぶん人間ではない。部分的に人間の形をしていても、確実に結衣たちとどこかで一線画した存在なわけだ。
彼の姿は果たして、すでに三階にあった。
結衣はもういなくなったクララを諦めて西北門を後にし、駅に向かっているところだろうか。結衣は少しながらクララを気にかけていたものの、よく突然消えたりするからもうそういうものだと割り切っているはずだ。
結衣たちの教室からさらに西へと折れたところには印刷室があり、その隣には小ぢんまりとした便所がある。皆がよく使うトイレは南の突き当たりで、西の方は旧校舎の頃から設置されていたがため、臭いがきつく人も寄りつかなかった。
かつね薄桃色だっただろう細かいタイルは曇りガラスごしの西日に色が禿げ、割れた鏡の端を補整していたはずのセロハンも粘着力を無くし蛇口の下に落ちていた。やはり拭いきれぬ尿素の残りがこびりつき、塩素系洗剤の臭いと相まって天井まで呼気が淀む。
そんな普段使わない便所で、今日は何かがドンドンと鳴っていた。
男子用の方だ。閉まっているのは掃除用具入れだけで、どうやらその扉が叩かれているらしい。もっともそこは外開きで、鍵もかけようがないから閉じ込められる使用じゃないはずだった。
クララは激しく音のする扉の前で、猫背にじっと立っていた。時折くぐもった声が戸を内から引っ掻くみたいに聞こえてくるが、クララは聞いている素振りもなかった。
声と打音は焦るように、徐々に速くなった。次第に扉全体が揺れだし、便所の外にも聞こえそうなものだったが、印刷室で問題を刷る教員はコピー機の音で気付いていないようだった。
激しい揺れで、クララの足元にあった紙も折れた端からふわりと浮つく。それは綺麗な折れ目のついた新聞で、中にはもう赤黒くなった血の跡がべっとり広がっていた。
開かない扉を、掃除用具入れの中で誰かが必死に殴る。
扉の手前で、クララは虫の這うような声を延々と紡いでいた。
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