12 女の話

 私とロイの婚約を祝って開催されるパーティーはもう明日に迫っている。


 隅々まで管理の行き届いたロイの家の庭は、あの屋敷の咲きっぱなしの花たちとは全然違う。

「父がお気に入りのワインを取り寄せてたよ」

「まあ、そうなの」


 隣を歩くロイのエスコートは紳士的だ。

「ねえ……ロイ」

「ん?」

 聞き返す時だって、ガラの悪い言葉はない。

「どうしたんだい?」

 眼差しは柔らかで、口調には貴族らしい品がある。


「パーティーに備えて、ダンスの練習とかしなくていいかしら?」

 そう聞くと、ああと相槌をして視線を逸らされる。

「僕たちは主役なんだし、むしろ座って見ている方がいいだろう」

「踊らないの?」

「それより挨拶回りとかの方が大事だ」

 とても彼らしい返事だった。

「そうね……」

「そうとも」

 ロイが頷く。


「事業に集中して家名を大きくしたいんだ」

 わかってくれるね? とロイは言った。

「わかってくれるだろう? 僕をずっと、見てきてくれたきみなら」


 ええそうよ。

 私はずっとあなたを見てきた。

 だから間違えてしまったの。もう間違えない。


 次に手を取る相手を、私はきっと間違えない。




 月がない夜。明日はパーティーだというのにまったく眠れなかった。

 招待しているという客人のリストを父から渡されていた。蝋燭の明かりでそれを眺める。

 殆どが姉の繋がりと、ロイの事業に興味がある客人ばかりのようだ。


 私は誰の名を呼ぶでもなく、壁の花であればいいのだろう。

 それを望んでいたはずだ。

 ロイと結ばれることだけを、願っていたはずだ。


 蝋燭の明かりに手元の紙を眺めていると、窓の方からカタンと物音がして顔を上げた。

 閉めていたはずなカーテンが夜の風に静かに揺れている。

 変だな、と立ち上がったその時。それが聞こえた。


「不用心だな」


 昼間に聞いた声と同じ。

 なのに──闇と共に窓から現れたその声は、まったく違う。


 エル。


 今日同じ顔を見た。いや、全然違う。ロイはそんな表情カオをしない。


「なん、エ」

「静かにしろ」

 現れたその窓から室内に押し入ると、私の肩を掴んだ。

 その手が熱くて強くて、痛い。

「俺は山賊だ」

 エルが私の顎を持ち上げた。

 山の中で蝋燭の明かりに照らされて、その髪色は赤く見えた。


「奪いにきたんだ」


 エルが続けた。


「俺は俺らしく──お前を」


 灰が燃えている。彼の瞳が蝋燭の明かりに揺らいでる。

「エル」

 名前を呼んだ。


 私が呼ぶと、捕まえた顎先が引き寄せられて──


 にゃあ、と私たちの間に柔らかいものが現れた。


「グリン……!」

 エルの胸元から飛び出してきたその姿は、一緒に過ごした緑の目の猫だった。

「ああ、少し大きくなった?」

 柔らかくて温かい体の感触を確かめると、私から体を離したエルが言った。


「グリンが鳴くんだ」

 腕の中でにゃあ、と鳴いた。

「お前を探して、ずっと泣くんだ」


 こんな身勝手な私だったのに、求めてくれるのか。

 そう言われたら、抱きしめずにはいられない。


「俺もコイツも、お前に拾われたから、お前の言うことを聞くんだ」


 もう一人ではいたくない。

 この温もりを離したくない。


 愛してる。


 傍にいたい。


 だから言ってくれ、とエルが続けた。

 

「奪ってほしいと言ってくれ」


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