11 男の話


 一人でのんびりと月を眺める余裕もなかった。

「……おい」

 ずっと聞こえるその声に、さすがに抱き寄せることを決める。

「鳴くなよ」

 見送りもさせてもらえなかったなんて。


 みゃあみゃあと、ずっと聞こえるその声はグリンだった。いつも彼女が座ってた椅子の上に座って鳴いている。

 昼間は彼女の部屋にいて、馬車の走り去る音を聞いてからもうずっと、彼女を求めるように鳴いていた。


 抱き寄せると俺の顔を見上げた子猫の目は緑色。彼女と同じ目の色。


 昨日の出来事を思い出す。突然の来訪。彼女の父親と、共に現れた俺と同じ顔をした男。

 俺は、純粋な金髪のあの男の代わりだった。


 似ていたから、俺をそばにいさせただけ。彼女が俺に言った願いは一つだった。

 ──私の傍にいてほしいの。

 あの願いは、本当はあの男に言いたかった言葉なのだ。

 俺ではないあの男に、叶えられたかった願いなのだ。


 その願いが叶えられた今、俺の役目は終わった。

 愛されていたと思うほど、おめでたいわけじゃない。自分が今までしてきたことを忘れているわけじゃない。


 彼女と俺がしていたのは、愛の真似事。

 なるほど。

「詩をつくるようなヤツの気持ちがわかった気がするな」

 けれどなにも、歌えない。

 くすぶった想いの名前を知らないから、俺は何も歌えない。


「お前ももう一人前なんだろ、泣くなよ」

 俺はそう言ってグリンを撫でて、そのままソファで眠った。




 商店の賑わう広場に出ると、いつもフルーツを買っている店のやつから声をかけられた。

「今日は一人? 買って行かないの?」

 どちらも返事は同じだ。

「……ああ」

 うるせえ。

 どいつもこいつも。彼女と過ごしたこの町が、俺を一人だと思い知らせる。


 揺れる木々の葉一枚でさえ、俺に彼女を思い出させる。緑の目は若葉の色をしていた。


 何も買わずに屋敷に戻る。

 庭は花が咲いていて、その匂いに彼女の髪を思い出したから、もうどうしようもない。

 屋敷に入ってソファに座る。

 今更一人で、どうやって過ごせばいいのか分からない。


 足元でグリンが鳴いて俺を呼んだ。

「あ?」

 見ると、そこには捕まえたであろうネズミの体があった。

「ははは」

 元気出せってことか? これを俺に?

 いや。

「あいつにか? もう、ここには居ないんだ」


 だから分かれよ。諦めろよ。

「山賊が与えられてどうすんだよ……俺」

 俺の存在は偽物でも、過ごした日々は本物だろう。

 グリンはみゃあと鳴かなかった。

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