6 女の話


「イース」

 名前を呼ばれて心臓が止まった。

「切ったのか」

 名前を呼んだその声が、あまりにもロイそっくりで、動揺してしまった。


「あ……え、ええ」

 エルの声だ。落ち着け。

「た、たいしたことないわ」

 向けられる眼差しも、同じ灰色。

 私が染めた、美しい金髪。

 彼みたいだ。


 その声に再び名前を呼ばれるなんて、夢みたいだ。


「お前は座ってろ」

 けど、口調は彼とはまったく違う。

「え、ええ……?」

「俺がやる」

 そう言うと、彼はナイフを拾い、滑らかな手つきでフルーツの皮を剥いた。


「上手いのね」

「そりゃ、自分の食いもんくらい用意しないといけなかったからな」

 まあ今までは皮ごと食ってたけど。

 そう言うと、あっという間にフルーツの皮を剥いてしまった。


 ──ロイだったら、きっとこうは出来ないだろう。貴族の男子である彼に、料理の技術など必要ない。


「ほらよ」

「んっ!?」 

 その慣れた手つきに感心していたら、彼は──エルは、買ったフルーツを私の口に突っ込んできた。

 それから自分も一切れ口に入れて、目を細める。

「美味いな」


 ロイに似ているから傍に置いた。本当なら口調だって似せてほしい。そう思うのに、私の心臓を高鳴らせたその笑顔はまったくロイには似ていない。


「あ?」

 と、感じ悪く聞き返すのは癖らしい。慣れればそれに威圧感は感じなかった。


 エルは無骨だったが私が嫌がることもせず、言ったことはなんでもしてくれた。

 家具の移動、高いところの掃除……。


 起きている時間は、ほぼ一人で過ごすことがなくなった。

「本でも読んでていいのよ?」

「興味ねぇ」

 ロイはよく本を読んでいて、本を見るときの伏せられた目が好きだったから残念だった。



 エルは、誘わなくても買い物にまで着いてきた。

「いいのよ? 一人で家でゆっくりしてても」

「自分で酒を選びたいからついてくだけだ」

 そう言うくせに、一度もお酒は買わなかった。


「新しいドレスを買いに行くだけよ?」

「あ? お前、何拾ってくるかわからねぇだろ」

 ロイと同じ顔でまったく違う口調で言われた言葉に、思わず笑ってしまった。

「馬鹿ね」

 あなたを拾ったのは、好きな男と同じ顔だったからよ。


 好きな男が手に入らないなら、せめて同じ顔の男だけでも。自分の慰めのためにあなたを拾ったのよ。

 ──他に何も、拾うわけないじゃない。

 あなたに代替以外の感情も、抱くわけ、ないわ。


 ロイと同じ瞳の色のその奥に宿る感情に、私は知らないふりをした。

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