5 男の話


 女は──彼女は俺に対して献身的だった。


 柔らかなパンとスープを作り、フルーツを切り、俺の包帯を変えた。

 部屋の掃除も彼女自身が行う様子に、さすがに浮かんだ疑問を口にした。


「なんで一人なんだ」

「時々雇ってる人に掃除とか洗濯とかは来てもらってるわ。この部屋には入らないでもらってるけど……」

 聞きたいのはそれだがそれじゃない。


 なんで貴族らしい女が一人で住んでいるかということなのに、伝わらなかったのかそれは答える気がないのか。


「あんまり人がいたら、不都合でしょ」

 それはどちらの不都合のことなのかわからない。


「訳ありか?」

「訳がない人なんている?」

 俺の言葉に気分を害した様子もなく、彼女は腰に手を当てた。

「あなたも、私も」

 その会話はそれきり終わった。

 どう見てもまともじゃなかった俺のわけを聞かないその胸にあるのは、度胸なのか恐れなのか。


 献身的な看護のおかげだろう。跡が残るものの傷は癒え、起き上がる度に顔をしかめることもなくなった。


「背が高いのね。この服はどうかしら?」

 包帯を変える必要がなくなった俺に、小綺麗な服が与えられた。

「小さくない? どう?」

「大丈夫だ」

 てっきり使用人のような服を与えられるかと思っていたら、上等な服を与えられて驚いた。

「丁度いい」

 しかもサイズもぴったりだ。

「よかった」

 白いシャツを着た俺を見て、彼女は緑の目を細めて微笑んだ。

「似合うわ」

 慣れない服のせいだろう。首元が痒くて、その服の胸元は開けて着た。



 怪我が治って寝てばかりいる必要がなくなると、同じテーブルで食事を取るようになった。


「フルーツを切ってくる」

 夕食後にフルーツを食べるのが好きらしい。

 食器を下げるのを手伝ってから、椅子に座って彼女が戻ってくるのを待つ。


 ──ふいに。


 ナイフを持った金髪の後ろ姿が跳ねて、銀色が音を立てて落ちた。

「いっ!」

 立ち上がりキッチンに駆け寄った。

「イース」

 ナイフを落とした彼女の手元を見れば、白い指先から血が出ていた。

「切ったのか」

「あ……え、ええ。た、たいしたことないわ」

 狼狽うろたえたような顔をしているのは、自分の怪我に慣れていないからか。

「お前は座ってろ」

「え、ええ……?」

 触れた指先は冷たかった。

「俺がやる」


 その日から食後のフルーツは、なんとなく俺が用意するようになった。

 今までと違う、滑らかな切り口で剥いたフルーツが食卓に並ぶ。

 でこぼこで皮の残ったフルーツも嫌いではなかったが、怪我したところを見てしまえばしょうがなかった。

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