第8話 威厳のない29歳
平日、昼下がりの職場での休憩時間。
また、いつものように何の感情もなく、3分もかからずにプロテインバーを1本食べ終わった俺は、自席のデスクでぼーっと、午後からの面倒くさい予定について憂いているのだが...
「.....」
俺、松坂 透はよく、仕事や日常生活を送る中で、度々思ってしまうことがある。
そう。人間は無いものねだりをする生き物だと言われているが、俺の場合はもう少し人間としての圧と言うか、威厳が欲しいなんてことを頻繁に考えてしまう。
まあ、29歳にして人間としてこの仕上がり、そしてこの見た目では、威厳も糞もないのだろうが、もう少し顔に箔があれば、今よりは数段生きやすい人生を送れていたのではないだろうか...。
身も蓋もない話ではあるが、具体的には、もう少し、いかつくて威圧感のある強そうな顔に生まれたかった。なんてことをよく考える。
だって、その方が交渉相手に舐められることは圧倒的に減るだろうし、何をするにも意見が通りやすく生きてこられたはず...。
それに何だかんだで強そうな奴の方が生物学的にモテることは証明されているしな。
「おい、山田。今日飲み行くぞ。いつものとこ、予約しといて」
「はい」
「あと、戻ってきたら今度こそ彼女も誘っとけよ」
「はい」
そして、隣の部署からはそんな会話が聞こえてくるが、結局のところ、ああいうエネルギーが身体からにじみ出ている奴が結局は仕事もできるし、モテるんだよな...。
現に、今、部下の山田くんを飲みに誘っていた男は、俺の同期の男なのだが、見た目からして王道の不動産営業マンの様な押しの強い容姿をしている男。いい意味でも悪い意味でもリーダーシップがあって、従順な部下をたくさん従えている。
俺がこんなだから、そもそも性格が合わないこともあって、関わりはほぼほぼないけれど、同期でこうも違うとは。
ますます、自分が情けなくなってくる...。
ただ、今日は水曜日のはず。明日も仕事なのに飲みか。
やっぱ体力というか、身体に詰んでいるエンジンが俺とは違うと思わざるを得ない。
「松坂さんー。次の金曜、飯でもどうすっか。もちろん、松坂さんの奢りで」
「いいっすねー。今週も焼き鳥にしましょうよ。もちろん、松坂さんの奢りで」
「俺、焼き鳥ならちょっと行ってみたい店あるんすけどいいっすか。結構高めなんですけど、松坂さんの奢りなら大丈夫ですよね」
そして、そう。この光景にあらためて思ってしまうが。隣の部署の同期のあいつとはやっぱり俺は根本的に人間としての威厳度が違うのだろう。
現に、今、昼休みの俺のデスクの周りには3人の男。
一人は今の部署の隣の席の後輩。もう一人は前の部署の時の後輩。そしてさらにもう一人は前々部署の後輩。歳は全員微妙に違うくてバラバラ。
でも、さっきみた隣の部署の同期、田辺の後輩である山田くんが、お手本の様なお辞儀と返事をあいつに返しているところを見ていた分、一層、この後輩たちからの俺に対する扱いに、自分が顕著に情けなくなってくる...。
もはや、態度だけ見ればどっちが先輩で後輩かわからないよね、これ。
「いや、すまん。今週も行くとしたら今月はもう2回目だから金がない。お前らだけで行ってきてくれ...。もしくは割り勘。てか、最近ペース早くない?」
元々、こいつ等には2か月に1回ぐらいのペースでたかられていた記憶があるのだが、いつの間にか月1ペース。今月に限ってはまだ月の半ばにも関わらず、先週に引き続き今週もだからな。
そう言えば、何だかんだで先々月も2回行ったんだっけか?
結局2回目は割り勘にしたけど。と言うか、月1ペースになってからは、基本的に、奢る、割り勘、奢る、割り勘と、交互に奢るシステムに勝手にルール決めさせてもらっている。
小さいことを言うが、それが嫌なら俺を誘ってこなければいい話だ...。
ちなみに後輩女性になら毎回でも奢ってあげたいが、会社の女の子に誘われたことは当然皆無のため、その夢が叶うことはない。
「えー、松坂さん、金ないんっすか。基本的に家に引き籠ってるんですし、彼女いないんですから、貯金が沢山ないとおかしいでしょー」
こいつ...
「やかましいわ...。まぁ、厳密にいえば、もちろん貯金はそれなりにはある、あるけれど、そう何度も月にお前らに飯を奢る人間の器の大きさが俺にはない」
そう。俺は人間の器が見てのとおり小さいからな。
「まぁ、それは確かに...そうか」
こ、こいつも...。
それはそうか、じゃねぇよ。頷くな。
「ハハ、とりあえず、器の小さな松坂さんに免じて、じゃあ今回も割り勘で行きましょうか」
「そうっすね。じゃあ今回は無礼講で」
「松坂さん、予約お願いしやす」
今回は無礼講...。いや、常に無礼講だろうが。
というか...このこいつ等の態度を許しているあたり、俺、なんだかんだで実際は結構なレベルで人間としての心の器は大きいのでは...?
そして、そんなことを考えていると、隣の部署からはまた、とある会話が聞こえてくる。
「あ、大塚さん。今日、田辺さんと飲みに行くんですけど、どうですか。田辺さんが大塚さんもぜひと。色々と勉強になりますし、田辺さんの話もすごく面白いんです。それにもちろん毎回奢りです」
何だ...田辺。
タバコでも吸いに外に行ったのだろうか。
今、視界にあいつの姿は見えないけれど。
お前、面白くて勉強になる話をして、毎回奢りの飲み会なんて開いてんの?
最強かよ...。
「ごめん。今週はちょっとお母さんが家に来ててさ...。またの機会にぜひって言っておいて欲しいかな。本当にごめんね。山田君もあまり無理しないようにね...」
そして、俺の目にはそう言って山田くんの、いや、田辺の飲みの誘いを申し訳なさそうな顔で断る彼女、大塚 愛菜の姿。
そうか...。山田くんが誘っておくようにあいつから言われていたのは大塚さんだったのか。
まぁ、平日だしな。何だかんだで中々難しいだろう。
「山田、あいつ大丈夫かな。仕事はかなりできる奴なんだけど、最近結構メンタルに来てるみたいで」
すると、今度は俺の前にいる後輩の一人がそんなことをブツブツと呟きだす。
そうか、前の部署でこいつ、山田くんと一緒だったんだっけ。
でも、メンタルか...。
まぁ、確かに田辺って自分が仕事ができる分、後輩にもそれなりの仕事を要求する節があるからな。女性にはやけに優しいが、さらにその分のしわよせが確かに彼に行ってしまっている気もしなくはない。
山田くんはこいつの言うとおり優秀な子だから、田辺からの指示も何だかんだでそつなくこなしているようには見えるけど、やっぱり溜まっていないわけがないよな...。
この前も彼が残業をしている際にちょっと喋ったけれど、それはそうだよな。
一応、もう持ち直している様には見えるけど、あの時に関しては見るからにやばかったから。にもかかわらず愚痴ひとつ漏らさずに、本当に俺と違ってできた子だ。
「おーい、山田。ちょっとこっち来い」
って、そんなことを考えていると、何故かその山田くんをそう言ってこっちへと手招きする仕草をする目の前の後輩のうちの一人。
「あ、お疲れ様です。松坂さんもお疲れ様でございます」
そして、気がつけばそう言って、既に俺の前に来て、深々とお辞儀をしてくる山田君。
何だろう。お辞儀だけでこんなことを思ってしまう俺がチョロすぎるのだろうが、いつも周りにいる後輩が後輩なだけに、やっぱりめちゃくちゃいい子だ。山田くん...。
「なぁ、お前も松坂会に入るか? とりあえず明後日の金曜に飲みに行くけど。あ、ちなみ松坂会は基本は割り勘だけど、全く何の気を使う必要もないただの飯会な。ストレスが発散できて楽しいぞ」
?
い、いや、いきなりこいつは何を言っている...。
本当に何を言っている。
「い、いや、ちょっと待て。割と奢ってはいるだろ。あと、松坂会って何だよ。おい、そんな吹けば一瞬で飛ぶような弱小会派を俺は設立した覚えはないぞ。恥ずかしいことを言うな」
いや、マジでやめろ。周りから俺ごときが軍団作ってイキっているみたいに見られたらどうすんだ。そんなの最悪でしかないし、実際作った覚えなんて全くない。
「や、山田くん。こいつ等が勝手に言ってるだけで、そんな会はないんで勘違いだけはしないでね。俺がこいつらにたかられているだけだからね」
そして、そう言って俺は必死に目の前の彼に弁明をする。
「はい。ただ、本当に魅力的なお誘いですが、明後日の金曜日の夜は田辺さんにゴルフの打ちっぱなしに誘っていただいておりまして、またお誘いいただければ本当にありがたいです」
また目の前にはそう言って、また深くお辞儀をしてくる山田くんの姿。
何というか、受け答えもそうだけど、本当に礼儀正しくていい子だ。山田くん。
こいつ等に爪の垢を煎じて飲ませてやりたい。
「あー、全然。山田くんさえ良ければ、また俺はいつでも。山田くんなら全然奢るし。本当にいつでも声かけてよ。こいつらは駄目だけど、山田君だけはいつでもOK」
もし、本当に松坂会なるものが存在するのであれば、こいつ等3人を即刻クビにして普通に山田くんだけを入れたい。本当に。
「では、失礼します」
「じゃ、俺らも行くか」
「そうだな。じゃあまた、金曜日にお願いしやす」
そして、気がつけばそう言って、この部署から出ていく、山田くんと、その他礼儀を知らない後輩たち。
「......」
でも、俺って、本当にことごとく後輩の奴らから慕われてないよな...。
別に嫌いな奴らじゃないし、何だかんだで楽しいからいいけど、多分、先輩ではなく友達だと思われてる...。
「.....」
あと、昔よりは暇になったとは言え、何だかんだで金曜日の夜はまた最近はどこかへ行っている気がする、俺。
まぁ、そんなことはどうでもいいけど、ちょっと俺もトイレにでも行くか。
そんなことを考えながら自席を立ち、俺は廊下へと静かに出る。
にしても、本当に松坂会って、何だよ。
あいつ等、他でそんな糞みたいな会の話してないよな...。
まぁ、さすがにしてないだろうが、本当に恥ずかしすぎるから止めて欲しい。
「松坂さん!」
って、大塚さん...。
何だろう。廊下を歩いていると、控えめな小走りで俺の元へと話しかけにくる彼女。
「ちょっとだけ確認したいことがありまして」
そして、そう言って、俺の目の前にはいつものように眩しすぎる笑顔を放ってくる大塚さん。
まぁ、この笑顔を見ている限り、悪い内容の確認ではなさそうだけど...本当になんだろう。
どちらかと言えば、ニヤニヤとしている感じが...
まぁ、そのニヤニヤもお上品すぎる天使のような笑みでしかないのだがな...
「えーっと、さっきちょっと耳に聞こえてきたんですけど」
「はい。何でしょう」
耳に聞こえてきた...?
「ふふっ、松坂会って何ですか?」
え...。
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