第9話 隣の部署の山田くん


僕の名前は山田 栄二。


見事に配属先の上司ガチャに外れた不運な男。


本当に最悪だ。今日は久々に早く帰れると思っていたら平日にも関わらず急に飲み?


どうせ、今日もまた何かあいつにとって気に入らないことがあって、ストレス発散に設けられる場だ。


これを断ったらめちゃくちゃ田辺の機嫌が悪くなることはわかっているし、拒否の二文字が存在しない時点で最早立派なパワハラだろ。これ。


しかも、わかっていたことではあるけれど、今回も大塚さんを連れていくことができなかったから、また飲みの場であいつにグチグチと嫌味を言われることは確定している。


当たり前だろうが。

彼女には、どうせ来ないとわかっていたとはいえ、一応誘い文句として、田辺の飲み会は勉強になって、面白くて、奢りの飲み会と言ってしまったが、あんなのは大嘘。


合っているのは、その一点だけだ。


実際は、何の勉強にもならないし、全く面白くもない苦痛の飲み会。


断って正解だ、大塚さん。むしろそんな飲み会に自分の意思ではないとはいえ、誘ってしまって申し訳ないの一言だ。


何か、小洒落た薄暗いバーみたいなところで、特に美味しいくもないのに相場よりもかなり高いウイスキーを気を遣って飲みながら、ただただ、『お前はまだ仕事の本質をわかっていない』『お前は何のために仕事をしてる?』みたいな、田辺のしょうものない仕事論を真剣に聞くフリをし続けなければならない生き地獄の場だからな。


この前の飲みだって、僕が大塚さんを連れてこれずに『職場の女ひとり、こういう飲みの場に連れ来ることができない奴が営業ができるわけない。わかるか。俺なら簡単すぎるタスクだが、あえてお前を育てるためにこういう課題を与えてやってるんだぞ』みたいな糞みたいなことを言ってきたからな。


まぁ、おそらく今日も同じ様なことを言われるのだろうが、本当に思うことは一つ。


じゃあテメェで直接誘えや。


大塚さんを狙ってんの丸わかり。何度も躱されて、もう自分で誘うのはテメェのプライドが許さないのかもしれないけど、マジで僕を間に挟むのは止めろ。うっとおしい。


「......」


それに比べて...ずるい。


本田さんと中村さん、そして大久保くんは、ずるすぎる。





僕も死ぬほど参加したい。


あいつとゴルフの打ちっぱなしなんて行きたいわけがない。


聞く話によると、チェーンの焼き鳥屋で何の気兼ねもなく楽しくわいわい飲み会だろ?


最高すぎる。


しかも、メンツも神。

本田さんも中村さんも大久保くんも、めちゃくちゃ優秀と社内からも評価の高い人達。


どう考えてもあっちの方が勉強になるし、今後の仕事に繋がる。


それに何と言っても、もっとあの松坂さんと仲良くなりたい。


なんせ、さっき僕のことをその松坂会に誘ってくれた本田さん。過去に直接同じ部署になったことのある先輩だが、昔はあんな感じじゃ全くなかったから。


別にパワハラみたいなことをされたことはないが、あの頃の本田さんはとにかく他人に興味がないと言うか、仕事はめちゃくちゃできるが、自分の仕事以外はどうでもいいみたいな、協調性のないかなり尖った人だった記憶がある。


それが本田さんの部署が変わって、久々に彼と会った時にはそれはもう驚いたものだ。めちゃくちゃ丸くなって笑顔の多い面倒見のいい人になっていた。そして、その隣の席には彼、松坂さんがいた。


中村さんだってそうだ。

彼は僕よりも一年早く入社した一つ上の先輩だったが、悪い意味で有名だった。

そう。仕事ができない癖に自分の意見ばかり主張するヤバい奴として。


それが、いつの間にか彼の話を聞かなくなったと思っていたら、次に彼の名前が久々に耳に入ってくる頃にはめちゃくちゃな優秀な人間として名が社内には広まっていた。そして、そう。またその隣の席には松坂さんがいた。


今は別の部署で割と重要なプロジェクトのチームリーダを任されているといった、周りの意見をまとめる側になっている様子。最早あの頃とは変わりすぎて原型がないレベルだ。


そして、最後に、僕よりも少し後に入社した大久保くん。

アメリカ生まれの彼は、学生時代もそのほとんどは向こうにいたそうで、入社当初は良い意味でも悪い意味でも優秀だがアメリカナイズされた生意気な奴が入ってきたと有名で、僕も名前だけは知っていた。


現に初めて配属された部署でも色々と問題が起きて、一年で今の隣の部署に配属されてきた頃には、僕もどうなるのだろうかと半ば野次馬のごとく注目をしていたものだったが...


今や、彼は隣の席の松坂さんにめちゃくちゃ懐いている、ただのものすごく優秀な奴...。


「......」


松坂さんはこの前、僕にも『俺って、ほら隣から見ていたらわかると思うけど、後輩からめちゃくちゃ舐められているレベルの人間だから。仕事も全然だし。だからそんなにかしこまらなくていいから』と言ってくれたけど...。


僕からすれば、松坂さん。彼は全然舐められていない。

確かに、仕事に関しては彼ら三人の様にものすごく優秀なイメージもないけれど、マイナスのイメージがあるかと言われると、それも全くない。


いや、違うな。


あの猛獣三人を手懐けているだけでなく、ものすごく懐かれている時点でやはり超優秀な人間だ。そう。彼は舐められているわけではなく、人として普通に彼らに好かれているだけだ。


「......」


実際、この前だって、田辺の糞見たいな無茶なこだわりのせいで一人切羽詰まりながら残業をしている時に、いつの間にかふと、松坂さんが隣に来てくれてちょっと喋ったけど。


あの人、やっぱり、めちゃくちゃ喋りやすいし、話を聞くのが死ぬほど上手い。

本人は『ほら、俺、見てのとおり暗いし、コミュ障だから何も山田くんのためになることは言えないけど』みたいなことを言っていたけれど、話を引き出すのがうますぎて、思わず田辺の愚痴をぽろっと言いそうになってやばかった。


人の話を聞かず、自分の話しかしない田辺と比べても、どう考えても松坂さんの方がコミュ強。


しかも、クーポンで一本無料になったとか言って、いつも僕が好きで飲んでいる種類の珈琲を隣にさりげなく置いて奢ってくれる人間としての暖かさ。


もう片方の手に持っていた彼が飲んでいる珈琲がそれとは違う種類であったことからも、あえて僕が好きなものを選んでくれたということ。


周り見えすぎだし、優しすぎるだろ...。

あの時は田辺に相当やられて心がまじでやばかった時だから本当に心に染みた。


そして、とどめには『山田くんは凄く優秀だし、向上心が高いから常に上を見て前に前に進んでいく人だけど、たまには俺みたいな下の人間を見て笑ってよ。で、余計なお世話でしかないけど、本当に色々と限界が来そうになったらこっそり俺に吐き出してよ。ハハ、さすがにいつも俺をディスリに来るあいつ等にみたいに暴言を吐きだされたら普通に泣くけど』と言ってくれる始末。


割と本当にその日は限界すれすれだったから、マジで俺の方が泣きそうになった記憶が今も鮮明にある。


で、その後にすぐに『なぁ、今のセリフちょっとかっこよくなかった?ほら、これ、この漫画の主人公のセリフ。一回言ってみたかったんだけど、どうだったかな。これ、漫画だったらこれでヒロインが主人公に恋に落ちるんだけど、山田君は自分が女だと仮定して今のどうだった?』と自分のスマホの電子書籍の該当ページを俺に見せてきた松坂さん。


そして、俺が本気で泣きそうになっていて言葉が口から出ないでいると


『ご、ごめん。悪かった。そうだよな。まず、お前とこの主人公では顔面が違いすぎる。お前が言ったら気持ち悪すぎてそのセリフに弱音ではなくゲロを吐かれるぞと言いたいけど、山田君は優しいから黙っていてくれているんだよな。ごめん!」


と焦った顔で言われて、思わず「違います」と笑ってしまった記憶もある。


「......」


まぁ、実際のところ、その質問の答えはイエスだ。

僕にそっち系の気はもちろんないけれど、僕が女なら普通に松坂さんに惚れている。


現におとことしては僕はもう松坂さんに完全に惚れているのだから。

そう。普通に惚れた。


それに松坂さんは何故か自分を卑下する傾向にあるけれど、顔も普通に悪くはないし、清潔感もある。しかも身長もそれなりに高いし、あのもの凄く話がしやすい温和な雰囲気と性格。それに面白い。


確かに、ちょっと場合によってはやはりネガティブすぎるところはあるかもだけど、それを差し引いても普通にモテるだろ...。


彼女がいないのが不思議なレベル。

実際、ちょっと前まで僕は松坂さんは普通にもう結婚している人だと思っていたし...。


「.....」


でも、本当に松坂会。僕も参加したい。

フッ、松坂さん以外の3人は彼女がいる松坂会。実は僕も保育士の彼女がいるけど、そこは一旦黙っておこう。


ちょっと今週の金曜日は本当に無理だけど、この機会を逃すわけにはいかないし、幸いにもまだ田辺は戻ってきていない。


lineだけでも松坂さんと今交換しておきたい..と思ったけど、あれ?いない。

トイレかな?


とにもかくにも、絶対に僕もあの松坂さん率いる松坂会のメンバーに入れてもらいたい。


「.....」


まぁ、今は何もできないし、とりあえず、僕もトイレでも行くか...。

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