骨宝様――それは呪いか幸せか

御剣ひかる

どうか受け取って

 両親が事故で亡くなってしまった。

 お葬式や法事は、おばあちゃんが全部なんとかしてくれた。

 中学生のわたしには何もできないし、ショックや悲しいばっかりでたとえ大人だったとしても何ができたのか怪しいくらいだ。


 そのまま、おばあちゃんの家に住むことになった。

 小さい頃からこんな家に住んでみたいと思っていたところに、まさかこんな形で住むことになるなんてな。


 おばあちゃんの、もうわたしの家でもあるけれど、家は洋館って呼ぶのがぴったりのところだ。

 暖炉があって、飾りなんかじゃなくてちゃんと冬には薪で火を焚いている。これが結構あったかいんだ。子供の頃に遊びに来た時は暖炉の前で寝転んで(お行儀悪いってお父さんによく怒られたっけ)絵本を読むのが好きだった。撒きの焼ける音がなんだか心地よくて好きだった。で、長くそうしてると暑くなるんだよね。


 四十九日の法要が終わった後、おばあちゃんが今まで見たことないくらい真剣な顔でわたしを書斎に呼んだ。


「あなたに渡したいものがあるのよ」


 そう言って、おばあちゃんがテーブルの上に置いたのは、なにかの塊。汚れた白の、つるっとした感じの質感だ。

 じぃっと見ると、……何かの骨? みたいに見えるけど、まさか?


「これはね、骨宝様よ」


 こっぽうさま?

 こっぽう、って、骨法? 確かなんか拳法だよね? 格闘ゲームキャラが使ってるの知ってる。


「骨の宝と書いて、骨宝よ」


 骨の宝、ってことはやっぱりこれは骨っ。誰の?


「人骨じゃないよ。これはね。わたしのおじい様が異世界で戦って倒した竜の骨のかけら、なんですって」


 えっ!? おばあちゃんのおじいちゃんが、まさかの異世界転移の経験者っ!?

 わたしの混乱と驚きを見てか、おばあちゃんはくすっと笑って、天井まで届きそうな本棚から一冊の本を出してきた。

 すごく古そうだけど、ボロボロじゃない、厚い皮の表紙の本だ。


「おじい様の旅日記よ。日本語だけど昔の人が書いたものだから読みにくくてね」


 おばあちゃんが開いたページには荒波に帆を張った船が描かれている下に「我ラ、竜ノ島ニ渡ルベク船ヲ繰リ出セリ……」と漢字とカタカナの達筆が並んでいる。ぱっと見て読めたのは「我ラ」だけだった。おばあちゃんが読んでくれたから、他の文字もそう書かれてるんだって納得したけど。


「これ結構面白いのよ。今度読み聞かせてあげるわ。それはともかく……」


 おばあちゃんがワクワク顔で本を見た後、また真剣な顔で骨とわたしを見た。


 おばあちゃんがあんな顔するなんて、きっとすごく面白いんだろうな。楽しみ。

 でもそれじゃなんで今こんな難しい顔してんだろ。


「この骨骨様を、あなたに譲るわ。どうか受け取って、お願いだから」


 えっ、なんでそんな悲壮な顔になってんの。


「……まさか呪われてんの?」

「呪われてなんかいないわ。むしろこれは持ち主に幸せをもたらすものなのよ。だから骨宝様と呼ばれているの」


 この家もおばあちゃんのおじいちゃんがこっちにきっちり帰ってきてから、あっという間に幸運が重なってお金持ちになってから建てたんだって。

 それからは家はずっと(って言ってもおばあちゃんで二代目だけど)安泰で、骨の持ち主は健康で長生きしてるって。

 だからひとつしかない骨宝様をめぐって争いがないように、存在は秘密にして、家を継いでくれる子供に相続させようということになった、と。


 そんな強力なアイテムは確かに奪い合いになるよね。まさに骨肉の争いだよ。


「わたしはもう十分幸せをいただいたから、これからはあなたにと思ってね」


 持ち主が健康で幸せになるのか……。


「お母さん、もうちょっと早くこの骨に会えてたら死なずに済んだんだろうな」


 骨を見てしみじみ思う。事故になんか遭わずにお母さん達がいてくれた今があったかもって思うと涙がじんわりあふれてくる。


「それがねぇ。骨宝様を渡そうと話をしたら、『骨なんかいつも持ち歩くなんて気持ち悪い!』ってすごい勢いで断られちゃって。あの子達が事故に遭ったのはその帰り道よ」


 それって断ったから事故にあったって言わない?


「やっぱ呪いじゃん!」


 思わず叫んでた。


「でも骨宝様を持ってたら幸せになれるのも本当なのよ。もらってくれるわよね?」


 ちょ、おばあちゃん目力っ! そんな顔で見られたら断れないよ。


「うん。わかった。でもおばあちゃんも長生きしてよね」

「そりゃそうよ。あなたが大人になるまではちゃんと面倒みないと。あなたが骨宝様を大事にしてくれていたら同居しているわたしも多少の恩恵を受けるから大丈夫」


 だったら安心だ。

 わたしは、骨宝様を受け取っていつも入れてあるという革袋にしまった。




 それから、本当にわたしの周りにはラッキーがたくさんある。


 最近遭遇したので一番大きいのは、雪の夜、塾帰りにコンビニに寄ろうとした時だ。

 肉まんを買ってコンビニの外に出て、ちょっと行儀悪いけど食べながら家に帰ろうとした時、後ろ――店内が騒がしくなった。


「強盗だ!」


 男の人の声で、はっとなって後ろを見るとおっさんがひとり、店から飛び出してきた。手に小さいナイフを持ってる。


 こいつが強盗だ!

 そう思ったら体がこわばって動けなくなった。


 でも思考はフル回転してて、ナイフで刺されたら痛そうとか、死にたくないとか、お父さんお母さんおばあちゃん! とか、いろいろ考えて、最後に強く願ったのは「強盗すっころべ! 頭打ってしまえ!」だった。


 そうしたら本当に強盗が雪で滑って転んで頭をごちんと道路にぶつけて、気絶した。

 で、すぐに走って来た警察の人に捕まってった。


「骨宝様ありがとうございます!」


 家に帰ってからおばあちゃんと二人で骨宝様を机に飾って感謝した。


 でもあの時もしも「強盗死んじゃえ!」とか思ってたら本当にそうなったかもしれない。と思うとやっぱ怖くもある。変な願いはしないように気を付けないと。




 骨宝様をわたしがもらってから一年が経った。

 おばあちゃんもわたしも健康そのもので、インフルや新型ウィルスなんてのにはぜんぜんかからない。

 お母さん、ほんと、骨宝様を受け取っといてほしかったな。


 さて今日は家に帰ってから塾に行って、帰ってからは推しの配信見て、とか考えながらマンションの下にある小さな公園の近くを通りかかった。


「あー、それ、ぼくの!」


 小さな男の子の甲高い声がした。

 おもちゃでも取り合ってるのかな、と声をした方を見ると、五歳くらいの男の子がこっちに走ってきてた。


 ん? わたしに? なんで? と思ってたら、男の子はかばんに着けてある革袋をぐわしっと掴んで引っ張った。

 ぶちっと音がして、革袋の紐がストラップから引きちぎられて、強奪された。


 ……へ?

 呆けるわたしを置いてクソガキが逃げる。

 はっと我に返るとガキはマンションの方へ走ってった。


「ああぁぁぁっ! 返せぇぇぇ!」


 自分でも今まで出したことのない腹の底からの怒号をあげてガキを追いかける。

 ガキは逃げるけど所詮チビよっ! 中学生のわたしが追いつけないことはない。


 マンションの下で思わずタックルを仕掛けてガキもろとも転がって、革袋をもぎ取った。


 と同時に。

 ガシャン!

 すごい音をたててわたしがタックルを仕掛けた場所で何かが壊れた。


 ……植木鉢? なんでここに?


 わたし達を追いかけてきたガキの母親と、マンションの上階から悲鳴があがった。

 そしてガキの爆発したかのような泣き声も。




 結果として、わたしはマンションの住人が誤って落としてしまった植木鉢から男の子を救った英雄になった。

 そしてさらにこれがすごい出会いとなった。


 男の子はわたしのかばんについている革袋を、自分が大切にしているものが「いつの間にか盗られた」ものだと勘違いして「取り返した」つもりだったようだ。


 彼がそう勘違いするのもそのはず。

 ほぼ同じ見てくれの革袋を、その子も宝物として持っていたのだ。


 なんと、中身は彼のひいひいおばあさんが異世界に行った時に退治した竜の骨の一部だったのだ!

 つまりうちの御先祖と彼の御先祖は、異世界でパーティを組んでいた仲間だったのだ。


 時を超えてパーティメンバーの子孫が巡り合うなんてロマンディック! とうちのおばあちゃんと彼のお母さんが盛り上がり、家族ぐるみの付き合いを経て、わたしは彼と結婚した。


 さらに時が流れ――。


「今日はあなたに渡したいものがあるの」


 わたしは革袋に入った骨宝様を、孫を身ごもった娘の前に置いた。


 お願いだから気持ち悪いなんて拒否しないでねっ。


 暖かい暖炉の火の光を受ける骨宝様を見て、娘は――。



(了)

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