第二話『足並み揃えて』


第二話『足並み揃えて』



「オレは妖精を探す。アシノハくんは自立する。

 ……目標がわかりやすくていいな」

「そうです……ね……」



 マエさんはどうやら、自分の〝靴〟の魔法がお気に召さないのだという。

 魔法のことは何もわからないけど、自分の魔法が嫌いという人がいるのだろうか?



「到着だ。レンガと穀物の村……タマイ村というらしい」

「わ~……美味しそうな匂いがしますね。あと牛舎もある」

「宿はアッチ……かな? 」



 ボクはマエさんにお辞儀をし、畏まりながら後ろをついていく。

 荷車には藁が積まれている。収穫の季節なのだろうか?

 さっきの空き家とは大違いだ。シチュー? を連想するような匂いがする。

 ずらりと30程の建物が並んでいるが、坂道や谷の隣にはもう少し広がっている。



「来たことない場所なのに、詳しいんですね」

「職業柄わかるんだ」

「なんのお仕事をされてるんですか? 」

腹減ったか? 」



 含みがあった。



「減ってます……けど」

「だよな~」



 3階建ての建物に辿り着いた。中央部に祭壇らしきものがあった。

 村の街並みはとても綺麗に整っているものとは言えないものの、人の営みを感じられた。



「一旦、金はオレが出しとく。……これからの話は……後でな」

「何から何までホントにすいません……」



 『スートン・ワジマ』という名前の宿についた。

 髪の毛が薄く筋肉質の無口そうな店主が腕組みをしている。

 日本語じゃないのにボクはこの文字が何故か

 異世界の文字がまるで同時翻訳されているみたいに。

 これも魔法なのだろうか?



「気にするな。文無しだろ? 」

「どうしてボクにそこまでして……」



 予約をするマエさん。

 あいよと、木製の四角い〝手形〟のようなものを渡してくる。

 定食屋の下駄箱の鍵みたいだ。客の帳簿と紐付けをしているのだろう。



「そういう仕事をしてたからな」

「……過去形? ってことは……あぁごめんなさい。

 経歴の詮索なんて失礼でした……」



 言葉も道具も不確かな知識でどうにかできるものばかりなのが助かる。

 階段もあるし引き戸もある。室内にはハンモックが2つ用意してある。

 窓際には植物が飾ってある。風呂桶と更衣室はあるがそれ以外はシンプルである。



「アシノハくん」

「は、っはい」



 怒られる? ……それとも教えてくれる?



「沢山考え事をする人なんだな。キミは」

「……あ~~……はい。なんか……癖で」



 マエさんも内向的そうな雰囲気がある。未成年だろうに……

 それなのにこういう時は物凄く落ち着いた声で話すものだからドキリとする。



「記憶が不確かなのに知識でどうにかしようと、ずっと頭を回している様に思える」

「いや~、そんなことは……」

「普通はそこまで長く、モノを考え続けることは辛いと思うけど」



 マエさんは続ける。



「君は……が出来る人なんだろうな」

「へ?……ありがとう……ございます」



 考え続けることを褒められた。

 なんだか嬉しくて背中がこそばゆい。ボクはそういうことが得意なのか?

 なんでだろう……スマホとか触ってたからだろうか?(スマホすげー)

 どうやら記憶を無くす前のボクは考えることが好きだったのかもしれない。



「飯にするか」

「あっ……はい。そうしましょうか」



 マエさんは荷物を部屋の隅に置き、空間を作った。

 ボクは何をやっているんだろうと思ったけど、これは恐らく……



「『兵站怠るは百敗の元』……〝無属性基礎魔法規格100番フェアリー・コンポート

 術式の四十三番……〝薬籠中物ポット&ピック〟」



 すると青白くて長細い楕円形の光が縦に出現。

 マエさんの腕がその中に入り、ごそごそと何かを取り出そうとしている。

 なんでも収納できる魔法なのだろうか?



「わぁ~……凄い! なんですかこれ! 」

「……収納の魔法だ。その様子だと本当に知らないんだな」

「長旅の割に軽装だったのは……」

「そうだな。生き物以外ならなんでも入れれる。テントも地図も缶詰も」



 そういうとマエさんは鶏肉? 缶詰? 包丁? などを取り出していく。

 野菜もあった。……芋?っぽい感じがする。



「待ってろよ。火を起こす……

 あ、さっきの爺さんから水を買ってきてくれないか? 」

「水は作ったり、出したりできないんですか? 」



 時代差はあれどボクの知っている知識と限りなく近い物質や文化が存在している。

 何故このようなことになっているのかは今のボクには知る手掛かりさえ無い。

 魔法で補っているからだろうか? 不便さは感じられない。



「できるけど、この後お風呂にも使いたいだろ?

 生成する魔法は燃費悪いんだよ。個人差あるけど」

「あ~」



 ボクは彼からお金を貰い、一階の店主の元に水を買いに行った。



 ▶▶▶▶▶▶



 そこからの記憶はない。

 シチューもどきの味が美味し過ぎて、驚いてしまったのがある。

 驚きの連続の一日だったから、物凄く空腹だったのだろう。

 空きっ腹はなによりのおかずという言葉(だったかな? )がある。

 本当にそれだ。思わず時間が飛んでしまったかのような感覚に襲われた。



「ごちそうさまでした。

 こんなにも美味しい物を食べたのは初めてだってくらい美味しかったです」

「あぁ、それなら良かった。悪くなる前に食べきりたかったからな」



 あぁそっか。

 さっきの魔法は『収納』の魔法であって『保存』の魔法ではないから、冷蔵庫としての役割はないのか。

 ボクの知らないところで一長一短なんだろう。知りたくなってくる。



「風呂を作る。そこの石桶は無料で借りれるから水を入れてくれ」

「はい! ボクにも手伝わせてください」



 風呂桶は無料

 水は有料



(薪は有料だけど、……マエさんがさっき魔法で出してたから自前……

 火種は? ライターとか使うのかな? 『発火』の魔法? それとも『加熱』の魔法? )



「……火種は店主から買うと高いからな」

「マッチ棒でも使うんです? 」

「子供じゃないんだから……〝ファイム〟」



 火がついた。とても小さい火だ。

 一般人でも大きな布を被せて酸素を奪えば水が無くても消せそうなか細い火。

 でも今はこれで十分なのだろう。薪にくべて火力が強くなっていく。



「今度は詠唱はしないんですね」

「……よく見てるな」

「へへへ」



 なんとなくわかってきた。

 魔法はこの世界で生活する基礎だ。インフラの代わりなのだろう。

 でも人によって魔法は得手不得手があって使えるものと使えないものがある。

 魔法が使えない人はその恩恵をお金で購入する場合もある。



「もしかしてシャワーの方が良かったり? 」

「い、いえそんなとんでもないです。どっちもありがたいですはい! 」



 もしマエさんが〝ファイム〟を使えないのなら、ボクらは高額なお金を払って、先ほどの店主に火を付けてもらっていたのだろう。

 お金の単位や貴重性、相場は知らないけど、少なくともこの世界の経済はそういう回り方をしていると思われる。



「風呂……先入ってていいぞ」

「い、いえそんな……マエさんからどうぞ」



 シチューを作る前、窓の外の老婆が畑を耕していたが両手に光を纏い、ありえないスピードで畑の土を掘り返していた。

 ほんの数十秒で作業を終わらせていたのだが、あれだって『高速で畑を耕す魔法』か何かだろう。

 魔法が定着した世界というのが、なんだか面白い。



「……あ、おう。 わかった」



 寝巻までくれた。麻の様なのにフワフワな肌着だ。

 マエさんの物だから背丈が合っていない。でもダボダボだけど嬉しい。

 施されることにありがたみを感じなければ。



「……寂しくはないか? 家が恋しくなったりしないか? 」

「大丈夫です。記憶喪失なんで」



 風呂から上がり、ポルカノドット柄の可愛いパジャマを着ているマエさん。

 ……えらく可愛い寝巻きだな。いや、普通の価値観なのか?

 歯ブラシを握っている。そういう生活感まで同じだとは思わなかった。



「……くくっ……はははは。なんだよそれ」



 笑ってくれた。初めてみた笑顔。

 カラッとしていてクルミを噛み砕いたかのような笑顔。

 こうやって笑う人なんだね。



「ふ~ん。ふんふんふ~ん♪

 歯磨き粉~♪ まっずい歯磨き粉~♪」



 隣の部屋で服を脱いで全裸になる。

 湯船から発せられる湯気の具合で絶対に心地いい物だと分かる。

 湯舟に浸かると気分が上がって、変なオリジナルの鼻歌を歌っ……



 ▶▶▶▶▶▶



 ちんちんが、無い。



 ▶▶▶▶▶▶



 ボクは風呂に入る前に慌てて更衣室から走った。

 余りにも大きな衝撃が身体を駆け巡り、そのまま落ち着く。

 いや落ち着いていられるか! 2回くらい思考の世界に入って感情がわーーーっとなった。



「マエさん! ボクのちんちん知りませんか! 」

「おわっ、バカ……! 」



 バスタオルが散らかる。唖然とするマエさんが凄い顔をしている。



「ボクのちんちん知りませんか! もしかしてコレも魔法ですか!?

 記憶と一緒にちんちんも持ってかれたんです! 」

「ア、……アシノハくん、キ……キミは女の子だったのか!? 」

「なんとなくですけど性自認はオスだったような気がするんです! 」



 本当なんです信じてください!

 ボクの前世は男の子だったような気がするんです!

 前衛的なセクハラをしているわけじゃないんです!

 たまたま、証明する手段が無いってだけで!



「いや……でも記憶喪失……」

「いやそうなんですけどね! 」

「不確かじゃないか! 」

「なんとなくボクは男の子だと思ってたんですよ! 」

「ボクっ娘ということも考えられるだろ! 」

「でもボクの体つきって女の子のそれじゃないじゃないですか! 」

「知らねぇよそんなこと! 風呂入れよ! 」



 ぎゃーぎゃーぎゃー

 わーわーわーわー



 ▶▶▶▶▶▶



 異世界に転生(?)したときにボクの身体から性器が失われているだけであって、性別が変わったわけじゃないんですって! ほら! アレとかソレとかが無いだけで、体つきは男の子っぽいじゃないですか! いや証明する手段無いですけども!!



「…………はて、もしや……」

「……な、なんだよ。とりあえず服着ろ」



 ふと冷静になるボク



「……あ。違う。

 ちんちんを奪われたのではなくてんだ。

 ボクの元の性別が〝どっち〟なのかは一旦置いといて……」



 だってほらご覧の通り、ちんちんだけではなく乳首も無いでしょ?

 見てくださいよ。



「分析の前に頼むから服を着てくれ……」

「だって……」



 仮にボクが元の世界から異世界へワープされた存在だとして、その代償は記憶や髪の毛の色素だけじゃなくて、生殖機能もってこと?

 この世界で生きたボクの痕跡をで残さないために?

 結婚の予定が無いボクにとっては無用の長ブツ(ちんちん的な意味で)だから排泄に困らなきゃ別になんでもいいけど……



「……風呂に戻れ! 」

「いや、じゃあやっぱり転生前のボクは女の子かもしれない可能性が消えてな……」

「風呂に!! 戻りなさい!! 」



 ※※※



 お風呂に入るとどれくらい疲れているのかがわかる。

 マエさんの声でハッと起き上がり、どうにかお風呂から出る。着替える。

 そのままその場で俯けに倒れ、寝巻に着替えてベットで爆睡。

 ままならぬまま、夢の世界へ……



「マエさん……ボク……あ……」

「アシノハくん」



 テーブルで頬杖をつき、こちらを見てくる彼が、最後に視界に入っていた。



「おやすみなさい」



 ※※※



 顔面めがけて朝焼けが降り注いできたので目が勝手に開いた。



「おはよう。アシノハくん」

「おひゃよう……ございます」



 洗顔。歯磨き。昨日の残りの朝ごはん。

 とりあえずボクは仕事を探さなければいけない。

 働き口を探すのだ。恩返しがどうのこうのというのはその先の話だ。

 っていうかこの世界ってギルドとかあるんだろうか?



「よく寝れた」

「ぐっすりです」

「そっか。よし、外行くぞ」



 ボクは宿主のおじさんに会釈をして靴に履き替える。

 一方でマエさんは下駄箱に触れもしない。

 外出しようとした瞬間に、足がそのまま、例の〝靴〟の魔法に変換されて自動的に履き変わった。

 フルオートのようだ。便利そうだけどファッションはずっと固定なのかな?



「お仕事を探したい時って、その……ギルド? みたいな」

「ギルドなら職業斡旋所という名前に変わったぞ。何十年も前にな」



 生々しい改名をされたんですね。ラノベやゲームの世界観とは違う。

 そんな専門用語はとっくの昔に死語になっているのだろう。



「昨日のあの、骨みたいな犬みたいな化物を討伐してお金を貰う仕事とかは? 」

「……あるけど……お勧めはしない。個人じゃなくて公務でやる領分だし……」



 あ~~、なるほど……



「じゃ、じゃあとりあえずそこでボクでもできるお仕事を探します」

「おう。……オレも着いていった方がいいか? 大丈夫? 」

「い、いえ! これ以上マエさんのお世話になるわけには……」



 はじめてのおつかい……ミッションである。



「この村の真ん中に、祭壇みたいな広場があっただろ? レンガの」

「はい」

「その近くに職業斡旋所があるから、そこで話せばいいよ。オレは旅の買い出し」

「夜までには戻ってこれるようにしますね! 」



 心配だなぁと、マエさんが呟いた気がした。



 ※※※



 徒歩で職業斡旋所に着いたボク。

 レンガ造りの家の中では一番派手だったのでわかりやすかった。

 役所も兼ねているのだろうか?

 青髪ショートで賢そうなお姉さんが受付嬢をやっている。



「……キミも仕事探し? 」

「はい」

「魔法はどれくらい使える? 」

「えっと……その……実は……」

「あんまりな感じ? おっけ~~」



 魔法が使えないとできる仕事も限られてくるのだろうか?

 っていうか、そもそもどういうバイトを募集しているのだろうか?



「あの……」

「運が良かったね。〝カンコ祭り〟シーズンだから日雇いなら選び放題だよ」



 青髪で流し目のお姉さんは言った。

〝カンコ〟という知らない言葉が出てきた。



「この辺りの村々一帯はずっと昔から〝穀物の妖精〟と契約をしているんだ。

 その妖精は1年に一度、村の祭壇に顔を出すの。

 この村の人々は穀物で造った酒を奉納し、皆で宴会を行うお祭り……それが〝カンコ祭り〟よ」



 このお祭りには3日ほど準備がかかるのだというので、この時期は出稼ぎの労働者などを高めの報酬で雇い、村の内外を問わず一定の雇用に溢れるらしい。良い公共事業である。



「山車の修理みたいな超難しい技能から、ひたすら荷物を運ぶだけの簡単な軽作業まであるよ。日給だけど割と高めだからお勧めだよ。勉強にもなるし~」

「はぁ……」

「ほら、あの茶色の髪の毛の子とチームで肉体労働だ」



 女の子? 女の子に肉体労働? いや、……魔法とかあるしいいのか?

 ボクよりも頭半分くらいの背丈だ。見方によっては12歳くらいにも見える。

 なによりも華奢だ。顔は鼻が低くて可愛い。



「……わかりました。受けますね。さっそく荷物を運べばいいんですか? 」

「うん。そうね。あの子がマニュアルを持ってるからその通りにしてね~」



 受付のお姉さんに丁寧に先導されて、ボクはその女の子に挨拶をする。

 怪しまれたらどうしよう。男の人が苦手なタイプだったら……

 まぁいいか。ちんちん無いからセーフだろう。



「こ……こんにちは」

「こんにちは! 」



 振り向く。肩まで長いロングの髪の毛がふわりと遅れて回る。



「え、えーっと……」

「私の名前はトホカ……トホカ・シルエット

 あなたのお名前は? 」



 大きい瞳と、丸出しのおでこ。

 長い睫毛と軽そうなスカート。まるでお姫様のようだ。

 キラキラのフワフワの女の子というか……

 目を引く。魅せつけてくるものがある気がする。



「ボクの名前はアシノハ」

「アシノハさん。よろしくね」

「宜しくお願い致します。トホカさん」



 社交辞令。社交辞令……

 もしかしてボク緊張してる?

 予想より可愛い子だったから余計に?



「アシノハ……というのは名前? それとも苗字? 」

「あーえっと……」



 えっと……



 あれ?



 ……わかんないや。



 ははは。



 わかんねぇどうしよう。



 記憶ねぇわ。



 ……どうしよう。



 TO BE CONTINUED……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る