〝WORLDSKIP▶WORLDSTEP〟
鳩鳥九
第一章:『Welcome ▶ NodexWorld(図鑑無き世界へようこそ)』編
第一話『地に足ついた』
目が覚めたら胸に違和感があった。動きづらかった。
全身が鉛のようで上手く立てない。苔とホコリの匂い。
目の下は重ねられた布切れ。どうやらボロ小屋らしい。
小鳥の鳴き声と陽だまり、後はええっと……知らない場所。
「……あ、目覚めた」
「ふえ? っと……どなたですか? 」
目の前に背が高くて足が長い男の人がいる。自分よりも少し年上だろうか?
翠と黒の半開きの瞳をしたツンツン頭の男性。おでこ全開で日本人っぽいがコップに水を入れて飲んでいる。この人が助けてくれたのだろうか。
「オレの名前はマエ
マエ・アルキメデス・ハーティ……キミは? 」
「ボ、ボクの名前は……アシノハ……だと思い……ます」
記憶がない。何もかもない。自分の名前以外の思い出が全くない。
生年月日も、住所も思い出せない。なにもかも
自分が気を失っている理由もわからないし、今いる場所もわからない。
まるで脳みそをどこかに落としてしまったようだ。
「思います? 」
「記憶が無いんです! 」
「……頭を強く打った形跡があったからな。……大丈夫? 」
「い、痛くないです。タンコブ? あれ?
えと……とりあえず助けてくれてありがとうございます」
マエさんは黒いズボンを履いている。
しかしそれよりも目を引いたのが見慣れない靴である。
「それは困ったな……水呑む? 」
「あっはい。いただきますね」
見慣れない靴だ。それはボクの中の『知識』の中で、だ。
ボクは記憶がないだけで、ある程度の知識はあるのだろう。材料は何だろう?
スニーカー? 茶色の靴だが見たことが無い紋様が刻まれている一方で硬いローファーのようにも見える。
「……見ない服装だね」
「えぇっと……やっぱりそうですよね。まるで海外に迷い込んだみたいだ……
でもマエさんも日本語を話してますよね? 」
とりあえず落ち着こうな。といってお水を差し出す。
ちょっと酸っぱい水が喉を潤していく。
夢じゃない。冷たい水が、現実を感じさせる。
「ニホンゴ? 合言葉か何か? 」
「……あれぇ? 」
言葉が通じているのに認識がズレているのだろうか?
ボクの知識だって信用できない。初対面の彼に質問攻めは失礼だろうか?
「とりあえず、オレの知ってるコトを話すよ」
「……うぅ、……すいません」
優しい人だなぁ。行き倒れ(?)をしたボクの為に、言葉を尽くして知っていることを提供しようとしてくれている。それはわかる。
「オレは旅をしている。……旅人? でいいのかな。
道端でキミが倒れてたから保護した」
「じゃあこの小屋はマエさんのじゃ……」
「ん? あぁ、……無人だったから借りた」
「そんなことしていいんですか!? 」
「いや……よくあることだろ。これくらいのことは」
どうせ長旅の休憩を挟む必要があったからついでにと釈明するマエさん。
ははん、さては多分この人良い人だな。
「もしこの空き家の人が戻ってきたら……? 」
「その時は全力で謝ろうな」
「い、いやいやいや……! 」
「それよりもどうするんだ? これから」
着の身着のままでスマホも財布もない。
森のボロ小屋の中である。文化圏も違う(?)地域に1人
っていうかご飯は? 着替えは?
「記憶がないってことは……宛ても、お金も……」
「無い……感じです……えへ」
ココハドコ、ワタシハダレ? まるで浦島太郎である。
「記憶がなくても知識はありそうだね。会話も通じているし」
「いや……そうなのかも……はい」
見た感じ15歳くらい? ……とブツブツ言うマエさん。
そうか。ボクはそれくらいの人間に見えるのか。
(記憶を無くす前のボクも、考え事が多いヤツだったのだろうか? )
「また考え事? さっきの〝ニホンゴ〟の話? 」
「あー……はい。まぁそんな感じです」
多分ボクは〝日本人〟なのだろう。多分……恐らく。
確証が無いなりに不安を消す材料を作るのだ。
思考をめぐらせましょう。できるだけ
「さて、アシノハくん。今後の方針だが……」
「はい。マエさん」
咳払い。
「北に農作の盛んな村がある。オレは一旦そこで宿を取るつもりだ。
魔法を使えば1日で着ける。そこで仕事が見つかるまで最低限の面倒を……」
自立できるまで面倒を見てくれるなんて
なんてありがたいことだろうか。ボクは感激で思わず平伏し……
「魔法って……!? ま、まほ――っ、魔法ぉおおおおお!?」
▶▶▶▶▶▶
ボクは物凄く驚いてしまった。いや、驚き終わってしまった。
余りに衝撃に一瞬だけぼ~っとして、今は凄く落ち着いている。
「そんなに驚くなよ」
「魔法なんてものがあるんですか!? 」
「え……? 」
マエさんは病人を見るような目でこちらを見てくる。
酷く心配をしている。ここでは魔法が当たり前ということなのだろうか?
いよいよここは外国どころの騒ぎではなくて……
「火を手から放ったり、杖の先から雷がでるんですか!? 」
「……驚いたな。妖精は兎も角として……魔法を知らない人間は初めてだ。
こりゃ仕事よりも先に医者か?……」
「そんなこと言わ……よ、よよよ、ようせい!? 妖精までいるんですか!? 」
▶▶▶▶▶▶
ボクは激しい驚きのあまり一周して冷静になってしまった。
またマエさんが困り果てた顔をしている。それはそうだ。
ボクは不審者で浮浪者で、加えて世間知らずなのだから――
「妖精のことは一旦置いておこう。
魔法は……ただの魔法だろ? 本当に何も知らないのか? 」
「さっぱりわかりません」
長話もなんだし、歩くぞと移動するマエさん。
マエさんはコップと水筒を片付けて小さい鞄を持つ。
「……魔法って、必殺技みたいなものなんですよね?
海を真っ二つに割ったり、ひとかけらのパンで10万人のお腹を満腹にしたり……」
「違う。魔法というのは……もっと身近なんだよ」
お互いの常識の擦り合わせが行われていく。
夢のある話だろう。いや、夢が説明されていくようだ。
なだらかな山道を歩いていく。
「オレもお前も全ての人間が無自覚に使ってるんだ。魔法を、今も」
「今も? ボクが? 」
〝くん〟付けで年上他人行儀というのは少し抵抗がある。
不器用なのだろう。……善意から来るものだから快く受け止めます。
「えーっと、もう少しわかりやすく言うと……」
「お、お手数をおかけします」
あるある。記憶ないけど共感する。
「『掌に〝人〟の文字を3回描いて呑み込むと緊張が和らぐ』って知ってるか? 」
「はい……まぁ」
「『年初めに保存の効く煮物の料理を食べると運気が上がる』という話は? 」
「近いものは、知ってます」
「『家を建築するときに塩を撒くことで妖精に挨拶をする』という話は? 」
「それは……知らないですね」
「あとは……」
どれもこれも眉唾物の民間伝承だったり、スピリチュアルだったり、形骸化した伝統文化だったりちゃんとした言い伝えだったり、ごちゃまぜの例を出してきた。
「……それらは全て魔法だ」
「まるで、おまじないですね」
「そうだな」
遊歩道のように最低限補装されている道を進む。
落ち葉もあれば、枯れ葉もある。割れた松ぼっくりも見られる。
「オレ達はそれらの魔法の効力を実際に得ているし、それらの対価となる魔力や条件を支払っている。
効果も対価も微小過ぎて、実感を得られないものが殆どというだけだ」
「ん~~~と? 」
心構えとか、文化的な話ではないのか?
地縛霊とか、ご先祖様の霊が守ってくれているとか
土着信仰の神の加護のような話か?
「実演しよっか」
マエさんはどうにか信じてもらおうと両手を左右に広げる。
なんだなんだ? どうした? 無口そうな、物静かそうな、そののっぺりとした顔立ちで、歌のお兄さんみたいなコミカルなポーズをされると何かのパフォーマンスなのかなと思ってしまう。
「教えてくれるんですか? やった! 」
「あぁ、この世界で唯一、魔力を全く消費せずに使うことができる魔法だ」
「……何回も使えるってこと!? それって凄いことですよね!? 」
そんなのあるんだ。凄いな……
呪文とかあるのかな?
「〝
魔法公務員になるときに必須となる〝規格化された100種類の魔法〟
0~99からなる基本的な魔法……その〝第ゼロ魔法〟」
「おぉ!! 」
「オレに続いて、大きく叫べ」
「はい!! 」
ボクでも使えるとのことで、ボクも両手を大きく広げる。
拳を解いてグーからパーにして、大きく背伸びをして力を入れる。
マエさんの真似をすれば、ボクも魔法使いになれるってことだもんね。
「〝フィファーナ〟! 」
マエさんが今までで一番大きな声を出す。
身体の血液が逞しく巡り、生きていることをアピールするかのような……
「アシノハくんも叫べ! 」
「はい! 〝フィファーナ〟! 」
腹から大きく声を出す。
詠唱も無く、叫んでスッキリ
この言霊から一体どんなエネルギーが……!
「……あれ? 」
「どうした? 」
「風が吹いたり、花が成長したりするんじゃないの? 効果は? 」
「ん? これだけだぞ? 」
……?
「ただの言葉が魔法? 」
「〝フィファーナ〟は妖精に挨拶する魔法だ。
具体的には『おはよう』とか『ありがとう』みたいな意味だ。
両手をぐるんと小さく回すと効果的だ」
嘘臭ぁ~~! え、一気に軽くなっちゃったけどどうなの!?
詐欺かな? なんだか寒くない? 気圧低くない?
妖精どころか、魔法もやっぱり嘘なんじゃないの?
「……それだけですか? 」
「そうだよ」
「妖精なんていないんですよね? 大規模なドッキリですか!? 」
「違う。この魔法は赤ちゃんでも使える魔法だ。妖精に認めてもらう魔法」
「……認める? 何をです? 」
一陣の風が吹く。
マエさんが、この時だけは今まで以上に真剣な表情で言った。
「『貴方はこの世界に、存在してもいい』という証明……無償の肯定だよ」
……いや、別に腑に落ちないことには変わりはないんだけど。
胡散臭いなとは思うよ? 何かの勧誘を受けているような気分である。
やっぱりダメだ。もうついていけないし、イメージがわかない。
「……ちょっと、わかんないです」
否、存在はするのだろうが、要するにただの思い込みだ。
絆創膏が無いときはアロエの粘膜で代用することができるだとか……
その程度のことを、魔法と呼んでいる人。
いや、そういう時代で、そういう文化なのだろう。
「アシノハくん……」
「なん……」
「下がってろ」
……?
道を挟んだ向こう側の竹林に、何かが蠢いている。
人間とはとても思えないような身長の低さ、体躯の小ささとそのおぞましさ。
目の前に現れたのは、骨の化物。犬のような形状をしている白骨の固まり、こちらを歯ぎしりして睨みつけている。食い殺そうとしているほどだ。
サイズ的には大型犬、……それも一匹じゃない。七匹もいる。
竹林を食い破ってこちらに走ってくる。足音も殆ど立っていない。
「ひぃ……! 骨……!? 粘土……!? なんですかあれ! 」
「いいから」
▶▶▶▶▶▶
ボクは唐突でその無機質な、昆虫を思わせるような無生命さに心を折られ命の危険を感じ……終わったのだ。適切な対応をしなければ、命の危険があるとはいえ、今日はよく驚く日でもあり、何故か直ぐに落ち着く日でもある。
「アシノハくん、移動の魔法……無理か」
マエさんは微塵も怖がっていない。喧嘩慣れをしている?
〝竹を嚙み砕けるような大型犬〟のように見える骨の化物を7匹も前にして
丸腰の男子2人で一体なにができるのだろう?
(自分で言うのもなんだけど、どうしてボクはこんなにも冷静なのだろう)
「マエさん! 囲まれそうなんですけど! 」
「……大丈夫。気楽にな」
気楽とは難しいことを言ってくれる。
頼もしい背中を少し見て、最低限両手で頭を守る体勢を取った。
「……マエさん……? 」
その時だ。
黄緑色の光の輪が、マエさんの足元から身体全体を一瞬だけ出現しては消える。
ギュンという音だけを残して、マエさんの〝靴〟が光る。
「犬型の〝
黄緑色の光と共に、マエさんの靴が一瞬で変化する。
稲妻が走ったかと思った。茶色の靴にラインが浮き出る。
熱を感じる。圧を感じる。これが魔法? ……何がなんだか
「……マエさん……それって」
「おう。これがオレの魔法」
左右の二匹の骨の化物が飛び掛かる。
マエさんはギリギリまで二匹を引き付ける。しゃがんだ方がいいのかな?
次の瞬間だ。マエさんは身体を大きく1回転させ、左足を軸に右足の甲で大きく犬の頭部を殴りつける。
「よっと」
〝回し蹴り〟……でいいのかな。
骨の化物は10mほど吹き飛び、茂みの中に消えていく。
回転する動作までは読めなかったのか、2匹目が数秒遅れて飛び掛かる。
「オレのは……ちょっとトクベツなんだ」
マエさんは2mほど跳躍し、……2m!?
ただの人間がそんなことできるわけ……!
▶▶▶▶▶▶
「跳ん……!? 」
できるわけない。凄くびっくりしたけど、頭はクールに回転してる。
っていうかさっきから時間が省略されている感覚がある。
ほんの0.1秒だけど……頭に血が上る時間がカットされているような……
「アシノハくん……貰うぞ」
ジャンプの時に左足のつま先で犬の顎を少し蹴り上げたのだろう。
上手く牽制が決まった化物は少したじろぐ。その瞬間だ。
落下のエネルギーと脚力を組み合わせた空中跳び蹴り……違う。
古典的な正式名称は確か……
「かかと落とし……! 」
再度黄緑色のエネルギーが、彼の周りにフラフープのように光を帯びると共に脚から繰り出される重たい一撃が骨の化物を、砕いて叩き割った。
白い破片が飛び散って、そこら中にバラまかれていく。
2匹の化物を一瞬で葬ったマエさんを見て、敵わないと悟った残りの化物達は撤退していく。
ボクは何がなんだかわからずに、ヘタリと座り込むことしかできなかった。
「た、……倒した? なんなんですか? オバケ!? 」
「この骨の犬みたいなのは特別な魔法で作った人形みたいなもんだ。
災害みたいに村を襲っては人を殺している……多分あの空き家も……」
「ひぃ……そ、そうなんですか……」
顔にかかった土を、ボクは払いのけた。
怖い体験をしたのに、平気だ。
腰が抜けるかと思ったのに
「逃げたけど追わなくていいの? 」
「オレはヒーローじゃない。そこまでの義理はないはずだ」
「……そっか……」
ボクの安全を第一にしてくれたのだろうか。
つくづく、この人には頭が上がらない。
どうにもマエさんのさっきの説明だけでは魔法というものの底知れなさを定義することはできないらしい。
おまじないの延長線上であって、けれど、それ以上の……
「ズボンが汚れちゃったな」
「あはは、……そうですね」
何故ならば、ボクは見たのだ。惹かれたのだ。
マエ・アルキメデス・ハーティの魔法を
「……マエさん。魔法はあったんだね」
「おう。……すごいだろ? 〝フィファーナ〟! 」
いや、そっちじゃないです。
挨拶じゃなくてキックの方ですキックの方。
両手を小さく回して、キメ顔しないでくださいってば
「違います。さっきのジャンプの魔法なんですか? それともキックの魔法? 」
いつのまにか、夕方だ。
山道も下り坂になり、向こうから人の営みの形跡を感じる。
何かを炊いているような甘い匂いと煙が見えるので、街は近いのかもしれない。
「ううん。違う。どっちでもないよ」
「そうなんですか? 」
誰にも言うなよ? と物悲しそうな顔をするマエさん。
ボクは無理強いをするつもりなんて無かった。
けど、もうその頃には始まってしまったのだ。
「オレの〝
〝特別な靴〟の魔法……」
物語はスキップする。一足飛ばしで……
「激情を省略する靴を呼び出す魔法なんだ」
記憶を無くしたボクと特別な靴を履いたマエさんの物語は
ここからステップを踏み始める。
「え?…… 」
「変な魔法だよな」
遊歩道、雑木林。
骨の欠片と、揺れる靴紐。
「……好きじゃないんですか? 自分の魔法が」
頷く。目の前の少年が
「オレはとある妖精を探す為に旅をしている。
この靴の魔法を押し付けた妖精を……」
TO BE CONTINUED……
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