第三話『足で稼ぐ』
一緒にバイトをすることになった女の子は、トホカ・シルエットというらしい。
思いっきり日雇いという感じ、とりあえずマニュアルの紙ぺら1枚を2人で見る。
「……日が暮れるまで荷物運搬。
そのあとで妖精に奉納するお酒を舞台に並べる。
報酬は出来高……ただし休憩と賄いはそこそこ」
「へー、バイトってこんな感じなんだね」
もしかして目の前のトホカさんも、働くのは初めてなのか?
色々と聞こうと思ってたけど、心細さは変わらない。
思わずマエさんを頼りたくなってしまうけど、ここは我慢である。
さっそく指定をされた場所へ行くと、椅子から机から資材からバケツリレーでひたすら運んでいく。
「ほいさ」
「どうも」
「よっと」
「うんしょ」
「パス」
「はーい」
椅子。椅子。机。机。樽。樽。酒瓶。酒瓶。木箱。木箱。
うむ。この子はノリは合わせてくれる子なのだろう。
仲良くなれるかどうかは知らないけど、変な人だと怪しまれないような世間話ができたらいいな。
「アシノハさんのフルネーム、結局教えてくれないんですか? 」
「ミ、ミドルネームだからね(?) 親密度を上げないと教えないよ」
「そうなの? なんだかカッコいい~! 」
変な人だと怪しまれている。
ちっぽけな勇気が失速するのが早過ぎる。
「アシノハさんはこの辺りの人なんですか? 」
「いえ、旅の……付き人です」
「旅!? ってことは学者さん? それとも偉い人!? 」
「……ま、まぁ……」
どう答えればいいんだろう?
ボクが異世界転生(暫定)していることがバレてると、巡り巡ってマエさんに迷惑もかけるかもしれない。
まだこの世界のこと、わからないボクである。
いやそもそも自分が生きている世界のことをわかっている奴なんて、転生する前にだっていないのかもしれないが……
「トホカさんはこの辺りの人なの? 」
「あー……うん。少し離れたところだけどね」
含みのある言い方だ。
「お仕事は初めてなんですか? 」
「うん。迷惑ばかりかけている2人の兄に少しでも恩返しをしたくて」
未成年が健気に労働でお金稼ぎとは、痛ましいことである。
っていうか、ボクも同じ身分なんだから人のことは言えない。
「ほいさ」
「はいな」
「ほいさ」
「はいな」
~しばしのご歓談 with バケツリレー~
「トホカさん、聞きたいことがあるんだけど」
「なんですか? 」
「〝穀物の妖精〟ってどんな存在なんですか? 」
汗が滲む労働現場。
使い捨ての布切れでおでこを拭う。
直射日光をさんさんと浴びても平気な顔をする彼女。
「毎年、現れて一緒にお酒を飲んでくださる方らしいよ」
「トホカさん。お酒飲めるの? 」
「ううん。私はオレンジジュースだよ。それか甘酒」
「……そりゃそうだ」
(この世界の飲酒って法律あるんかな? )
「で、その妖精さんって人間のカタチをしてるの? 」
「うん。手も足も頭もあるよ。古そうな無地の服を着てるの。
髪形も後ろで結んでるの」
「……卑弥呼みたいな」
「ヒミ? ……わからないけど首飾りもしてて、大人の女性って感じの人だよ~」
「性別があるの? 」
「うーん。分からない。たまたまそういうカタチになっただけじゃない? 」
「信仰に沿って、望まれて変化していったのかもね」
「……昔の人も癒しを求めていたのかもですなぁ~」
わざとだろうけどお爺ちゃんみたいな喋り方をするトホカさん。
楽しくなっているのだろうか。だったら何よりだ。
「あーでも腕が異様に長いかなぁ? 関節が一個多いっぽい? 」
「え!? そうなの? 」
腕の関節が一つ分多いという、極めて奇怪な情報を手にとって改めてここが妖精と魔法のファンタジーな世界であることを再確認する。
妖精は人間の精神性を愛し、観察したがっているとさっき聞いたけど、それは内面だけの話で、外面に関してはいい加減な認識なのかもしれない。
「はぁ……はぁ……トホカさん!
ところで結構、コレ……いい運動に……なりますね……」
「そう? 普通だと思うけど……? 」
「え? 」
腕にずっしりと来る感覚がある。
目測5㎏の重りでも複数個持って何時間もくらい何重も往復し続けるというのは足にも腰にも結構来るし、腕の筋肉も負担がかかる。
トホカさんは親切で雑談をし続けてくれるけど……
疲れが紛れるということは、あとで一気に実感が来るということでもある。
「ほいさ」
「はいな」
「ほいさ」
「はいな」
鏡。鏡。穀類。穀類。俵。俵。ぬか袋。ぬか袋。書類。書類?
太鼓。太鼓。布。布。鐘。鐘。……薪?
「辛そう。大丈夫? 」
「い、いえ……これくらい……」
トホカさんの身体から、微量ながら魔力を感じる。
そうか。身体強化の魔法だ。バテにくくなってるんだ。
もう1時間以上、何キロもある荷物を右へ左へ手渡しで往復……
ボクは汗ぐっしょりになっているというのに、トホカさんはまだ余裕のある表情である。
「……アシノハさんってもしかして……使えないの? 」
「……あ、いや……その……」
どうしよう。複数人の作業だったからなのか。
思ってたよりも早く勘づかれ始めている。
さっき受付のお姉さんは、それで融通を通してくれてたと思ってたんだけど、ボクはこの世界の人が無意識の内に使っている身体能力向上のような、基礎中の基礎の魔法さえも使えないだなんて、思われてなかったんだ。
「体調が悪かったりするの? ダメじゃない! そんな状態で働くだなんて! 」
「いや……ちょっと気分悪いだけで……で、でも大丈夫だから」
「身体……休めなきゃダメだよ? 」
「う、うん……」
まるで弟に躾をする姉のように、得意げに言い寄ってくるトホカさん。
やっぱりマエさんに助力を請うべきだった。
マエさんはボクがどれくらい〝できない〟のかがわかっていないんだ。
「私が代わりにやってあげる! 」
「代わりって? 」
指を高く上げる。
複数の魔法を重ねて使うことができるのだろうか?
「お母さんから教わったとっておきの魔法!
『お手伝いが得意にな~れ』……〝プイプイ〟! 」
彼女に事前に、ほんのりと纏わりついていた緑色の魔法の光に、さらに重ね掛けをするかのように水色の光が加わって消えた。
彼女はさらに得意げになってにこりと笑う。
えくぼが素敵である。おでこも日光を反射する。
「……わ、2つの……!? 」
「うん。『身体強化』+『家事の動作性』の魔法の重ね掛けだよ! 」
「荷運びにも使えるですね」
「うん。これで2人分働けちゃうよ~」
そういうと彼女はすったかたったと走っていった。
なんだろう。妹というにはあんまり妹っぽくないというか。
逆か、いつも妹という役割を全うしているからこそ誰かを甘やかしたい。お世話したい。姉っぽく振舞いたいのだろうか。
誰かに可愛がられ続けるというのも苦痛なものなのかもしれない。
……じゃ、無かった。そんなことを言っている場合ではない。
「あ、待ってボクも仕事……」
「いーのいーの! トホカに任せて! アシノハさんはここで寝ててよ」
「いや、ちょっ……まっ……」
面目丸潰れである。ボクだって男の子(推定)だ。自尊心はある。
「寝てて……って」
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