反出生主義――生まれてきて良かった?

むっしゅたそ

子供をこの世に生み出すことが最大の暴力?

 反出生主義という考え方が非常に流行っている。

 しかしこれは今に始まったことではなく、古代ギリシアで、テオグニスが「人間にとって最善なのは初めから生まれないこと、次に善いのは早く死ぬこと」という厭世主義の詩を唄っており、彼が反出生主義の先駆者とも言われている。


 私は生命流転の世界が真実だと思っているので、結局人間が子供を産まなくても、別の生物が子供を産んでその生物たちが苦しむと思っているから、反出生主義者ではない。要するに、「我が子」が苦しまなくても、その代わり「他の何かの生物」が有機物から生まれてきて苦しむだろうということだ。


 仏教は厳しい修行に耐えて、悟って涅槃に至ることを目的とする。「涅槃に至ると生まれ変わる可能性がなくなる」と言われている。大変魅力的な考え方。――こちらのほうが世間の俗流反出生主義よりよっぽど反出生主義的ではなかろうか?


 それに仏教の仮説のように来世がある可能性があるならば、反出生主義的な考え方には陥りにくいような気がするのは私だけだろうか。だとしても、親ガチャ、環境ガチャに外れたくはないが。


 ちなみに(生命循環という意味ではなく、来世という意味での)輪廻転生は自分はライプニッツのモナドロジーの観点からならば、あり得ると思っている。

 プラトンの洞窟の比喩、つまり「イデアの世界」≒「公式の世界」のような場所にモナドがある可能性があると考えているのだ。

 モナドというのは、精神の原子論である。精神を極限までにバラバラにした存在のことをモナドという。

 精神は存在することはデカルトの「コギトエルゴう故にスムあり」で自明だが、その我という精神に部分があって原子があると考えるのはどうしてか。

 それは、「デモクリトスの原始論」を例に出しても良いが、「アビダルマ・コーシャ」の原子論がもっと分かりやすいのでそちらで説明しよう。

 原子という最小単位がないということならば、物質、例えば本の、片方をつかめば全体をつかんでいるということになり、もう片方をつかむということができない理屈だ。

 その思考法を精神に拡張して考えてみよう。つまり精神のどこか、ある部分が作用していて、全体が作用していないならば、それは精神にモナドがあるということである。

 逆に言うと、モナド=精神の原子があるということは、不変不動のキリスト教、あるいはバラモン、ヒンドゥーのような、「魂」というものが存在しないことが思考実験によって分かるのだ(つまり、当たり前の話だが、意識は形を変えて移り変わるのだ)。

 そうなってくるといよいよ、「今世の幸福を担保できない」という考え方は薄らいでいく気がする。とはいえ、「子は親に無理やりこの世に引きずり出されている」こともまた事実である。


「他者」としての親の立場の特異性は、それを引き受ける意思も能力も備えていない存在(子供)に、一方的に最初の自己を課すことである。

 これはキルケゴールやハイデッガー的な、要するに実存哲学の考え方なのだが、

「課せられた自己の受容とは、一方的に課す他者=親を許すということ」である。

 それは本来、課す他者が負うべき責任を免除すること、その時点において、自己であることの責任を自己が負い直す、肩代わりするということになる。

 これは互酬性ごしゅうせいの否定によってのみ実現する行為で、「(子の)自己が倫理的主体」として開始されるのは、このときである。

 人間における「自立」の意味はこれ以外にはない。


 しかし人間はスパイト行動が大好きで、「自分が仕事で苦しんだんだから後輩も苦しませないと損だ」と思うような愚かな生物である。

 同様にスパイト行動として、「自分が生まれてきて苦しんでるんだからおまえも生まれて苦しめ」、という形での最悪の親子関係も起こりえる。

 中上健次が「子は親の快楽の残りかす」のようなことを書いていたが、それもその範疇なのだろう。


 —―反出生主義は、もちろんのこと、善でも悪でもなく、一つの道具に過ぎない。

 だが、これほどまでの、「生み出す暴力」がまかり通らない程度には、反出生主義は必要な思想なのかもしれない。

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