第40話 決戦前夜

「それでみのり。あきひろ君とはうまくマナ造れる様になったの?」ミュウちゃんが好奇心に満ちた目でみのりちゃんの顔を見つめる。

「えへん。自慢じゃないけど、かなりきわどいところまでアタックしたからね。もうキュンキュンのドバドバよ!」かなり自信たっぷりにみのりちゃんが言う。

「うわー、キモッ」若葉ちゃんが顔をしかめた。

「まあ、それはいいから姉さん。それじゃ作戦は僕が説明するね」

 そう言って予めコピーしておいたレジュメをみんなに手渡した。

「名付けて、お母さんの浸潤細胞駆逐作戦!」


 そして私は作戦の趣旨をみんなに説明する。内容はこうだ。

 白血病は血液のがんであり、その異常ながん細胞を、身体中を流れる血液から選択的に魔法で駆逐するのは、正直なところかなりむずかしい。しかし血管からはみ出しているがん細胞は動きも若干遅く、選択ピックアップしやすいのではないかと言う事で、アストラルアビスレコグニッションで使用するような、認識外の深層意識を使い体内のがん細胞を検索して、それを浄化魔法でしらみつぶしにする作戦だ。

 この場合、使用する深層意識は、お母さんのものを使用する事になるが、作戦中はお母さんの深層意識と私の深層意識を結合リンクさせる必要がある。しかも作業には相当な時間を要するだろうし、浄化魔法の特性上、ある一定量以上浄化出来ない場合、リバウンドでかえって悪化するリスクもある、かなりきわどいミッションなのだ。正直、このリスクで実施していいのか迷う所であるが、その後、姉さんが病院で確認してきたところによると、お母さんの浸潤は加速度的に悪化しており、どのみちワンチャン賭けるしかないかも知れないところまで、追い込まれている。


 そして段取りはこうだ。


 まず私の深層意識とお母さんの深層意識を直結する。それにはミュウちゃんと若葉ちゃんが造ってくれるマナを充てる。そしてお姉ちゃんはタンクの役割もしてもらうべく、予めそれなりにマナを溜めておいてもらってから、実際の作戦実行時に、私と密に接触し、その破壊的なマナパワーでお母さんの身体を検索スキャンしながら、引っかかったがん細胞を順次浄化魔法で焼き払っていくのだ。そして私のざっくりした計算ではあるが、浸潤しているがん細胞を九割方消し去る必要がある。


「おお。なんかすごい作戦だね。でも何とかなりそうなのかな。それで具体的にはいつやるの?」ミュウちゃんが質問した。

「これ、お母さんの病室にみんなで忍び込む必要があります。ほんとは一時帰宅で家に戻った時の方が邪魔が入らなかったんだけど、今の状況では帰宅もむずかしくなっています。そして夜九時の消灯から朝七時の起床までが勝負です。その間、何もなければ看護師さんも見回りには来ません。それで、忍び込む前に僕とお姉ちゃんは予めマナを用意して出来るだけ溜めこみます」

「えー。また霊安室使うの?」若葉ちゃんが言う。

「いやー。さすがにそれは。もうそんなに外も寒くないし、何とか」

「あきひろの馬鹿!」みのりちゃんが顔を真っ赤にして文句を言った。


「それでまず、僕がお母さんと深層意識を繋げます。それをミュウさんと若葉ちゃんが支援して下さい。深層意識が繋がったら、そこからはお姉ちゃんと僕でイチャイチャしながらマナ造って、作戦を進めます」

「ハハハ……でもそれ、お母さん、何にも文句言わないかな?」

 ミュウちゃんが指摘する。

「あっ!」そうか、そうだよな。目の前で息子や娘やその友達が破廉恥な事を始めたら……いくら何でもお母さん怒るよな。


 みんながちょっと呆れた様に私を白い目で見ていたが、やがてみのりちゃんが口を開いた。

「それ、私がなんとかするわ。事前にうまい事、お母さん説得してみる。だから……実行は春分の日よ。休日で連休だから、病院も人が少ないと思うの」


 こうして私の作戦は実行の運びとなった。


 ◇◇◇


 春分の日の夜。私達はお母さんのいる病院近くのバス停に集合した。

「それじゃ、これからみんなでお母さんの病室に忍び込みます。僕が先導しますから人目を避けながら付いて来て下さい」

 すでに病室への侵入ルートは検討済だ。私は姉のみのりちゃんと手を繋ぎながら病院の夜間入口を目指し、ミュウちゃんと若葉ちゃんも付いて来ている。

 私とみのりちゃんは、予め自宅でマナ生成に励んで、出来るだけオドに溜めて来ている。ここに来るまでに多少減衰してしまう分は仕方無いと思っていたのだが、来る途中のバスの中でも二人で腕を組んで密着していたら、それほど減らなかったのは幸いだ。

 

 この病院は、夜間の救急外来もオープンで受付ているため、夜九時を回ったこんな時間でもそれなりにロビーに人がいて、私達が入って行っても怪しまれはしない。

 だが、病棟は当然面会時間外であり、廊下には立ち入り禁止の看板が立っていた。

「エレベーターだと、ナースステーションの目の前に出ちゃうから階段を使います」 四人は息を殺して、すでに照明が落ちている廊下を奥にすすんで階段を目指した。


 そして……。


「お母さん。来たよ! 待った?」みのりちゃんが小声でお母さんの病室に入り、私とミュウちゃん、若葉ちゃんが後に続いた。

「あら。本当に来たのね……」あんまり顔色は良くないが、お母さんは起きて私達を待っていてくれていた様だ。私がお母さんの前に立って声をかける。

「お母さん。具合はどう? 事前にお姉ちゃんから話は聞いてると思うけど、これから何が起こってもビックリしないでね。何ならずっと目をつぶっていてくれた方が僕もやりやすいんだけど」

「うん。みのりから聞いてるよ。これからあなた達が私の為に、何かちょっとエッチな儀式をするんでしょ?」


「ちょっとお姉さん。あんた、お母さんに一体どんな説明したのよ!?」若葉ちゃんが大声を出し、ミュウちゃんに静かにねっとたしなめられた。

「ごめん。いざ説明しようとしたら、どう言っていいか分んなくなって……それで何が起きても心配しないでって……」とみのりちゃんが弁明した。これは私が改めて説明しないとダメか? そう考えたのだがお母さんが先に口を開いた。


「あきひろ。みのり……あなた方が、今から何をするんだかは分からないけど、それって私の為なんでしょ? だったらよろしく頼むね」

「あっ、お母さん。信用してくれるの?」

「信用するも何も……私があなたとお姉ちゃんを信用しないで、誰を信用するって言うのよ。これから何が起こっても、何にも言わずにあなた方に従うわ」

「あ、ありがとうお母さん。それじゃみんな。早速作戦を開始します!」


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