第8話 私の父はどこ行った
私が小学校二年生の時、おばあちゃんが亡くなった。ずっと病院暮らしで、最後は痴呆も進んで私の事もよく覚えていない様子だったのが寂しかった。
とりわけ母にはショックだった様で、家にいてもずっと元気がない為、私と姉のみのりちゃんでなんとか元気づけようと、わざと明るく振舞ったり、母の前でふざけたりした。
そんなある日の夜。みのりちゃんが突然ぽろっと父親の話をしだした。
「お父さん。今どうしてるんだろうね?」と。
そう。私はこの家の主であろう私の父親の事を何も知らない。なにか聞きづらい雰囲気もあって母や姉に尋ねる事もしていなかったのだが、今の姉の言葉に母がどう答えるのか、興味深くその顔を見上げた。
「……どうかなー。何にも言わずにいなくなっちゃったんだもんなー」
「あっ。ごめん母さん。かえって悲しい思いさせちゃった?」
みのりちゃんがすまなそうにそう言った。
「ううん大丈夫よ。どんな理由があったにせよ、ちゃんとどっかで生きててくれるといいね、あき君!」
「あっ……うん」いきなり話を振られて私も返答に困った。
そして大丈夫とは言ったものの、やはりその後、母の顔は何となく暗かった。
さとなか家は、一軒家とはいえそれほど大きくはなく、いまだに寝る時は、居間に布団を川の字に敷いて三人で寝ている。そして私はいつも母と姉に挟まれる形になる。
「落ち着いたらおばあちゃんのお部屋片づけて、みのりとあき君の部屋作ろうね。さすがに来年はお姉ちゃんも中学生だし、いつまでもあき君と一緒って訳にもいかないもんね」
お母さんがちょっと微笑みながら私の顔を見る。まさかあの時の私の不届きな行いを思いだしている訳ではないと思うが……。
「えー。別にいいよ。私、あき君大好きだもん。ずっといっしょに寝るの!」
「そういう訳にはいかないでしょ」ははは、お母さん。それ私も同感です。
そして真夜中。ふと気が付くとお母さんが私の頭をゆっくりと撫でながら、何やら小声でつぶやいている様だったので、寝たふりをして聞き耳を立ててみた。みのりちゃんは、クークーと寝息を立てている。
「あーあ、ともあき。あんたの子供はこんなにいい子に成長したぞ。ちょっとスケベな所もあんたそっくり。なのにあんたは……どこ行っちゃったのよ。あのクリスマスの晩。さんざん愛し合ったその翌日にいなくなっちゃって……この子が私へのプレゼントだったの……」
ああ、父の名前はともあきというのか。私はあきの字を貰ったという事なのだな。それにしても、最高に愛し合った翌日に妻を捨てていなくなるとは……一体どういう事情があったのか。それにしても私は……やはりお母さんからスケベだと思われている様だな。だが、それも自業自得かも知れない。姉のみのりちゃんは私の四つ歳上なので多少は父の事を覚えているのだろうか。今度機会があったら聞いてみよう。
◇◇◇
「お父さんの事? うーん。あんまり覚えてないなー。でもねそう。まだあき君が生まれる前のクリスマスの時だったかな。お父さんが真っ赤な服着てサンタクロースの恰好してたのは覚えているよ。そして朝起きたら、枕元におっきな熊のぬいぐるみがあってね。だけど……その日は朝からお父さんいなくなってて、お母さんが慌ててたのだけ覚えてるわ。それであき君が生まれるちょっと前に、お母さんと私はこのおばあちゃんちに引っ越してきたんだよ」
そうか、やはりそんな事があったのか。だけどそんな家族サービスが出来る人がいきなり行方不明とか……まさかどっかの異世界に召喚された訳じゃないよな?
「あき君もお父さんの事が気になる?」
「ううん。どんな人かも判らないから別に……でも、お母さん寂しそうだった」
「そうだね。でもまあ私とあき君がいれば大丈夫だよ。それでねあき君。来週のクリスマスの事なんだけど……」
「何? お姉ちゃん。サンタさんに何かお願いするの?」
「ううん。それはまあするとして……クリスマスはね。好きな男女でいっしょにすごすのがいいんだってさ。だから……あき君といっしょにいたいなって思ったの!」
キュンッ! あっ、今マナが沸いた。
「あっ、有難う。でもそれ……姉弟じゃ意味ないんじゃない?」
「えー。そんなのどうでもいいじゃん。私とあき君が楽しければそれでいよ」
「……分かった。それで何するの?」
「おうちでケーキ食べてプレゼント交換してそれから……エ」
「……ッチな事?」
「ばーか。引っかかった。ほんとあき君はスケベよね。最近結構私の事、ジロジロ見てるし……絵をお互いに描いて記念にしましょう」
そうは言いながらみのりちゃんは何かニヤニヤしていて、最初から私がそう回答するのを期待していたのではないかと思われるフシがある。
でも、この姉にドキドキしちゃっているのは本当の事で……ああ、このキュンをなんとか溜め込む算段はないものか……。
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