第7話 アストラルアビスレコグニッション
やがて姉のみのりちゃんもプールから帰ってきて、みんなで三時のおやつだ。
とは言え私は、もうマナで体中がはちきれそうで、おやつのドーナツも腹に入りそうにない位だ。とにかく、この膨大なマナが消えてしまう前に、賢者の力を行使しなくては……。
「僕、ちょっと公園行って来る!」おやつのドーナツを無理やり口に詰め込んで、私は一人、虫取り網を手に家を出た。母と姉のいる所では、そもそも精神統一が難しいのだ。いつもなら姉のみのりちゃんが虫取りにくっついて来るのだが、さすがにプールから帰ったばかりなので疲れて追ってはこない様だ。
気温36度、快晴無風。湿度は80%以上あるだろう。ははは、だれも公園にいやしない。だが、このまま炎天下に突っ立っていたら私でもすぐに熱中症になりかねん。大きな象の滑り台の遊具の下が開いており、陽の当らない個室を形成しているので、そこに入って瞑想を開始した。
「アストラルアビスレコグニッション!」
母のお陰で溜まった有り余るマナを使って、上級賢者にしか使えない状況分析の術式を開始したのだが、これは己の記憶と意識の外にある深層心理を繋ぎ、世の中の座標を越えた変化を時系列に把握して過去と現在の因果関係を……ああ、つまるところ、私が魔王に飛ばされたところから状況を再現しつつ情報を収集し、今後の対策を練る材料にするものだ。
……そうか。強化された私の身体が魔王を貫いた瞬間に運動エネルギーのベクトルが奴に……光速突破してワープに入った座標は……どのくらい異次元を飛んだ……そうか。ここで肉体を失ってアストラルだけに……いや待て。それでどうして私の意識が母の胎内のあきひろに?
だがそこで深層意識の演算速度が急に落ち始めた。
くそっ、もう少しなのだが、まだマナが足りないのかっ! 肝心の転生時の情報がなければ、遡れないではないか! どうすれば……。
ここまで来たら後には引けない。こんなチャンスはそうそうめぐっては来ないだろう。と言うより、もう母にあんな事はしたくない。だったら、ここは妄想だっ!
私は、さっきのお昼寝の時の光景を反芻する。
指を挿し入れた時、最初はカサッとした感触があって、その後ちょっと奥にずらしたら、いきなり熱く湿った……うわぁっ!!
キュンキュンキュンキュンキュンキュンキュンキュンキュンキュンキュンキュン!! ……ああ。お母さんごめんなさい。
だけど……判ったぞ! あの時、ああいう経路で私の魂はあきひろと融合したんだな。出来るっ! 遡りは可能だ。そして逆の座標を辿って元の世界にも……。
その具体的な術式は完全に私の頭に叩きこまれた。
「はあっ。全部理解したぞ……だがこりゃ……どうすりゃいいんだ?」
そもそも論なのだが、元の身体で元の世界に帰る術式は、当然とんでもない量のマナを必要とする。少なくとも今の分析の三倍量は必要だろう。それをこのマナの無い世界でどうやって溜める? 地道にキュンキュンして溜めるにしても、いまの私のオドの容量でも足りないだろう。私がもっと成長したならオドも多少は大きくなるだろうが、どこまで行けるのか。
それに……これが最大の問題だ。
私の魂はあきひろと分離出来ない。
つまり、私が元の姿に戻って元の世界に帰る事は、この世界でのあきひろの消滅と同義だ。私自身は良くても、それは母と姉には耐えがたい事なのではないか?
これだけ母と姉によくしてもらっている私に、そんなことが出来るのか……。
しかし、あちらの世界では、多くの人達がいまだ地獄の苦しみを味わっているに違いない。そう考えると私の心は葛藤で壊れそうになる。
熱と湿気も相まってちょっと頭がぼーっとしてきたところで、みのりちゃんが迎えに来た。
「あー、あき君こんなところに……こんな熱くちゃ虫も飛んでないわよ。熱中症になる前に帰ろ!」
たしかに姉の言う通りだ。心の葛藤というより熱中症だろうか。かなり頭がぼーっとしてきている。そして遊具を出て立ちあがった所でふらついた。
「ほらー、あぶないなー。私がおぶってあげるから一緒に帰ろ!」
「えー、大丈夫だよ……」
「子供は遠慮しないの」
そう言って姉は、ひょいと私をおぶって、軽快に歩きだした。
やはり小学一年生と五年生では体格自体にかなり開きがあるな。
そんな事を感じながら私は、姉の背中で、彼女の汗とちょっと塩素が混じった匂いを嗅ぎ、頭はぼーとしたまま、密かにキュンキュンした。
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