以下略 3
城の奥深く。重厚な扉の奥には、玉座にふんぞり返る暴君ディオニス王の姿があった。
だがその前の廊下を、ひとりの男が全力疾走で通り過ぎる。
「おい、誰だ今の」
王が眉をひそめる。
家臣が答えた。「メロスとか名乗っておりました。なんか“正義の使者”らしいです」
「……戻せ」
しかし待てども戻らない。
すると──二度目の疾走。
「ぬおおおおおおおお!!」
メロスはさっきとは逆方向に再び駆け抜けていった。
王の前を通り過ぎるたび、風圧でカーテンが揺れる。
「…なぜ、通り過ぎるだけなんだ?」
三度目の疾走。
「今度こそ!こっちか!?いや違うか!?でもなんか玉座っぽいのが見え──ぬおおおおお!!!」
メロスは再び通り過ぎた。
ついに王が立ち上がる。「いい加減にせいッ!」
すると、ようやく壁に激突して止まったメロスがふらふらと玉座の前に戻ってきた。
「ふっ…わざと通り過ぎていたのだ」
「嘘をつくな」
「ええい黙れ!私は怒っているッ!」
王はあきれた。「何が目的だ」
「人間不信だという貴様を、改心させに来たッ!」
「どうやって?」
メロスは高らかに叫んだ。
「友を人質にして、私は戻ってくる!信じる心を証明してやる!」
「……で、君、今ここにいるけど?」
「……」
「戻ってくるっていうのは、普通、一度どこかに行ってから言うことじゃないか?」
「……」
数秒の沈黙のあと、メロスは叫んだ。
「ならば!逆だ!王よ、貴様が私の人質になれ!!」
家臣たちがざわつく。
王「いや、なんで?」
メロス「人を信じないお前が、人質になってみろ!これこそが信頼の証だ!」
王「…それ、論理破綻してるの自覚してる?」
メロス「うるさい!この縄を見よ!」
どこからか取り出したのは、なぜかパン屋でもらった麻ひもであった。
王は首をかしげながらも、「おもしろい」と笑った。
「よかろう。では逆に問おう。お前が私の人質になってみせよ」
「望むところだ!」
──こうして、誰が誰の人質なのかよくわからないまま、方向音痴の正義の使者・メロスは、混乱と熱意だけで物語を進めてしまうのであった。
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