10-2.



 ソファの前に残されたのは、梟とアニエロ。

 お互いにじっと見つめ合って、気まずくなったアニエロの方が視線を逸らした。

 梟は煙草を咥え、火を点けた後にソファに腰掛けようとした。

 

 が、その前に、

「……お前、機関銃をこんなところに置いているのか?」

 座面に置かれた機関銃を見て、眉間に皺を寄せた。

 

「すごい抱き心地がいいんだよ」

 アニエロは機関銃を手に取り、優しく銃身を撫でる。

 

「心底気持ち悪いな、ここまでくると」

 機関銃が置かれてなかった方のソファに座った梟は、淡々と吐き捨てる。


 アニエロは機関銃をソファに立てかけてから、窓際のデスクの上の物を取る。

 それから、梟と向き合うように、ソファへ座った。


「あのさ」

 そう切り出したアニエロは、言葉が喉に引っかかったのか、何度も唇を噛みしめる仕草をした。

 

 梟はアニエロが何を言い出すのか、じっと待っている。

 

 深く息を吸い込み、小さく吐いたアニエロは、意を決して、テーブルの上にUSBメモリを置く。

 ――『殿下』が投げて寄越した、USBメモリだ。

 

「……これ、要る?」

 アニエロは梟を見た。

 梟の視線はUSBメモリに向いている。

 その顔は無表情で、眼は死んだ魚のようだ。動揺しているとは思えなかった。


「お前に預けて、どうなる?」

 梟は、口元に笑みを浮かべながら言う。灰色の眼は鋭く、頬の筋肉は動いていない、不気味な笑みだった。

 

「この部屋に置いておいて……失くす」

 アニエロのこの言葉は、冗談半分、本音も半分だ。

 この部屋の散らかりようは、「失くす」という言葉を納得するには十分だ。

 

「だろうな」

 梟は目を伏せ、テーブルの上の灰皿に煙草の灰を振り落とす。

 

「これは、あんたにとって……見たくないものじゃねぇの?」

 アニエロの青い眼は、梟の表情を必死で読み取ろうとした。

 梟は視線を上げ、アニエロと視線を合わせる。それは、刃物みたいな冷たさの灰色の眼だった。

 

「……いつか見ないといけないもの、の間違いだ」

 梟の手がゆっくり伸び、USBメモリを取る。そして、シャツの胸ポケットに入れられる。

 

「あんたの過去のこと、ミチルは知ってんの?」

 アニエロは声を落として尋ねる。

 

「もちろん」

 梟は煙を吐き出して頷く。

 

「なら……いいか」

 アニエロ自身、よくわからない相槌を打ってしまった。

 

「何がいいんだ」

 梟は少し困惑した様子で、眉間に皺を寄せた。

 

「……いや、何がって言われると、わかんないけど」

 何に良かったと思ったのかと、改めて聞かれると、返答に困る。


 梟の過去は、よほど恨まれる要素しかないようだが、みちるはそれを理解して、一緒にいる。

 強い信頼関係とも言えるし、歪な関係とも言える。


 梟は涼しい顔で、煙草をふかしている。

 表情にも、眼にも、揺らいでいる素振りがない。

 

 梟は本当に何も感じていないのか、それとも、感じていたとしても、表に出さないだけなのか。

 それを判断する術を、アニエロは持たない。


 梟は煙草を灰皿に押し付けて消す。

「そろそろ、おいとまさせてもらう」

 梟のシャツの胸ポケットは、いろいろ入りすぎて、生地が下へ引っ張られている。

 そこからスマートフォンを出し、時間を確認した梟は席を立った。

 

「……あぁ」

 引き止める言葉が思い浮かばないアニエロは、立ち上がった梟が奥の部屋へ向かうのを見るしかなかった。

 だが、そもそも引き止める必要もないのだと、一人で頭の中で突っ込んでいた。

 


 梟は、みちるにわかるように、決めた回数でドアをノックをする。

 すぐさま、みちるがドアの隙間から顔を出す。

 

「話は済んだ?」

 みちるの問いに、梟は一瞬面食らってから頷いた。

 

 梟が、アニエロと話す時間を作りたかったと気づいていたのか、いないのか。

 この言葉だけだとわからない。


「そろそろ行くぞ」

 梟の声かけに、みちるは気の抜けた返事をした。

 

 みちるは、アンゲリカとドーベルマンに別れの挨拶をした後、アニエロのもとへ向かう。


さようなら、またいつかティ ヴェディアーモ アンコーラ

 別れのハグを交わしたアニエロの耳元で、みちるは囁く。

 それを聞いたアニエロは、ふっ、と笑い声を漏らした。

 

 またいつか――今回みたいな騒ぎに巻き込まれたら、堪ったものではない。

 

 うっかり口を滑らしそうになるのを耐えて、アニエロはみちるから体を離す。


 みちると梟がいなくなった部屋は、まるで嵐の後のように静かだと思った。


 みちるがいなくなって寂しそうにしていたアンゲリカの元に、ドーベルマンがちょろちょろと絡んでいるのを見たアニエロは、思わず目を細めた。

 

 窓から入る陽射しは柔らかで、二日前の喧騒が遠い出来事に思えた。

 とはいえ、階下の工事の音が、それが現実だと思い知らせてくる。


「またいつか、がこないことを祈るよ」

 青い眼を憂い気に伏せたアニエロは、虚空に向かって、独り言ちた。

 


 

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