9. To build castles in the air

9-1.

 

「なぁ、アニエロ」

 ロッキングチェアを揺らして、『殿下』はアニエロの名を呼ぶ。

 アニエロの顔が警戒心剥き出しになる。

 

「お前の店へ行く前に、君の隣にいる男のことを、ボス・ヴェントーラに聞いた」

 アニエロに話しかけつつも、『殿下』の視線はサヴァンセしか見ていない。

 

「ボス・ヴェントーラに、しつけのなっていないが、またやらかしたぞ、と伝えるついでにな」

 露骨に顔を顰めたアニエロは、舌打ちする。

 

「ボス・ヴェントーラはお前のことを、教えてくれた。『リエハラシアの梟』とは、洒落た呼び名だな。……ところで私は、クルネキシアに友人が多い」

 含み笑いを浮かべた『殿下』とは対照的に、梟は無表情で話を聞いている。

 引き金にかけた指は、いつでも引ける状態だ。

 

「というのも、クルネキシアから相談されたんだ。深刻な兵士不足に悩んでいたから、人材が欲しい、と。だから、手配してやったことがある」

 梟の母国と戦争していた敵国・クルネキシア。長きにわたる戦争は、両国に深刻な兵士不足という問題を引き起こした。

 その繋がりで、『殿下』にはクルネキシアの「友人」が多いのだ。

 『殿下』が手配した「兵士」がどこから用意されたか、想像するに難くない。

 

「それは初耳だ」

 梟は舌打ちを堪えるために、溜め息を吐く。それから言った。

 

「そうだろうとも。これは機密事項だった」

 両国の戦争が終結したからこそ、語れた話だ。

 

「戦争が終わって良かったな。お前は晴れて自由の身になったんだから」

 口元を笑う形に歪ませた『殿下』の言葉の端々には、皮肉がこもっている。

 

「ところでお前は、クルネキシアの人間を、どれだけ殺した?」

 揺れるロッキングチェアを、『殿下』の足が止める。アニエロと梟は身動きしないが、『殿下』の一挙手一投足に細心の注意を払っている。

 

 ここで「兵士」とは言わずに、「人間」と表現したのは、罪の重みを感じさせるためだろうか。

 

「クルネキシアの友人たちは、家族を戦争で失ってきた者が多い。夫、息子、恋人、友人……お前が殺してきたのは、クルネキシアの民一人ひとりの大事な人だ。かわいそうだと思わないか」

 梟をじっと見つめる、焦茶色の瞳は、爛々と輝いている。

 梟が動揺するのを、今か今かと見逃さないように、待っている。

 

「彼らの命を踏み台にして生きている人生は、楽しいか?」

 言い終わった『殿下』は、掌を叩く。パン、と大きな音が出た。静かな部屋の中、その音が反響する。

 梟と『殿下』は、互いを刺すような眼で見つめ合う。

 

 呼吸する音が聞こえてきそうなほどの静けさの中、梟は口角を上げて笑って見せる。口角以外の表情筋が動かない、不気味な笑みで。

「言いたいことはそれだけか」

 やっと反応した梟の様子に、まだ満足していない顔をした『殿下』は肩を竦める。

 

「お前は当事者でもないくせに、べらべらと講釈を垂れてくれたな」

 梟の語気が、言葉の終わり際にかけて、徐々に強まっていく。

 

「私を撃つのか?」

 そう言ってから、『殿下』はロッキングチェアから立ち上がる。

 『殿下』の動きに合わせて、梟の銃口も吸い寄せられるように動く。

 

「こんな丸腰の相手を蹂躙するのは、リエハラシアの作法か」

 部屋の書斎デスクまで移動した『殿下』は、両手を広げ、何も武器を持っていないと見せつける。

 梟が眉間に皺を寄せ、舌打ちした。

 そんな梟の不快そうな態度を気にも留めず、『殿下』は引き出しを開ける。

 

「……えーっと、これだな。ほら、これを君にあげよう」

 『殿下』は、引き出しの中身を漁りながら、何かを探していた。そして探し物が見つかったのか、何かを手に取った。

 親指と人差し指で摘まんだそれを、『殿下』は梟へ見せる。

 

「何だ」

 黒い外装で、人の指二本分くらいの、細長い外見の物。それがUSBメモリであることは、すぐにわかった。

 梟が尋ねているのは、その中身だ。

 

「君が殺してきたとされる、クルネキシア軍犠牲者のリストだ。クルネキシアのからもらったデータだが、顔写真と個人情報付きで死因についても、詳細に記録されている」

 そう言って『殿下』は、鼻で笑った。USBメモリを手の中に大事そうに包み込む。

 

「しかし君はすごい。リストが恐ろしい量だった。さすがに全部見るのは諦めた」

 『殿下』はUSBメモリを持った腕を振りかぶり、梟の足元に投げて寄越す。部屋の絨毯に落ちたUSBメモリは、音もなく毛の中に埋もれている。

 アニエロはそれを素早く拾った。

 

「”クソったれが”」

 それまで微動だにしなかった梟は、母国語で口走る。眼に、やっと怒りの色が見える。

 

「落ち着け」

 アニエロが梟にだけ聞こえるように、囁いた。


「俺は、売られた喧嘩を買いにきただけだ。今の話しかしていない」

 梟は口角だけを上げて、笑う。灰色の眼は見開かれ、『殿下』を鋭く睨みつけている。

 

「本当に凶悪な男だよ、君は」

 『殿下』は薄く笑い、引き出しから何かを手に取る。次は何か、と構えた梟とアニエロに向かって、それはすぐに投げられた。

 投げられたものは、USBメモリとは比べ物にならない速さで落ちていく。


  ――手榴弾。



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