8-2.
*
「よっしゃ! ばら撒いていこうぜー!」
アニエロは、『殿下』の屋敷が見えてくる辺りで現れた、見張りの人間を見て、途端に色めき立つ。
ジープを見ていた見張りたちが銃を構える。
それを見て、アニエロは迷いなく後部座席の窓から半身を乗り出した。
そして、構えた機関銃を一気に発射させる。
「……俺、こいつのやり方嫌い」
運転席にいる梟は、煙草のフィルターを噛んで、ぼやいた。
追っ手を機関銃で蹴散らしていく、派手なやり方が気に入らないらしい。
「とはいっても、一緒に乗り込むわけだから頑張って」
助手席のみちるは、完全に他人事の対応だった。
金髪のウィッグは外して、いつもの黒髪の姿に戻っている。
前から、車が猛スピードで近づいてくる。
見張りからの連絡を受けて、屋敷から出てきた車だろう。
ジープ目掛けて、乱射してくる。
フロントガラスが見えなくなるほど、みっちりとひび割れができた。
みちるは助手席の窓から、車の前輪のタイヤを両方とも
梟が運転するジープは、急ハンドルを切ってその車を避け、屋敷を目指して進む。
「おいおい、追っ手はこんだけか? つまんねぇな」
アニエロは面白くなさそうな顔で、後部座席に座り直す。その手は、愛しい機関銃を優しく撫でる。
「いや、今度は前から」
前から続々とやってくる車の、一番先頭の車のタイヤを、みちるは撃とうとしていた。だが、窓から出した腕を、慌てて引っ込める。
「オーケー! 任せろ!」
アニエロが機関銃を放つ方が先だったのだ。
「俺、こいつ嫌い」
梟の中で、この短時間で「やり方が嫌い」から「アニエロ自体が嫌い」にまでランクアップしていた。
目前には、アニエロが機関銃を撃ち込んで、運転手諸共、動けなくされた車が並んでいる。
手前に一台、その奥に二台、後ろにもまだいそうな気配の集団だった。
「掴まってろ」
梟はいつもより大きめの声で言い、みちるとアニエロはアシストグリップを握り締める。
スピードを緩めず、梟は一気に手前の車に向かって突進した。
衝突の瞬間、ジープの前輪が相手のボンネットを踏みつけるように乗り上げる。
そのまま車体は宙へと跳ね上がり、一瞬、重力を忘れたように浮遊する。
ジープは手前の車を飛び越え、後方の車のルーフに落下した。
衝撃でルーフが凹み、ジープはバウンドしながら強引に前へ進む。
割れたガラスの破片が宙を舞い、怒号や悲鳴が響く。
地面に降りた瞬間、高低差でジープがガクンと揺れた。
「……車に呪われても文句言えない乗り方は、してると思う」
みちるは、信じられないと言いたそうな顔で、ちらりと梟を見た。
「車は呪わない。呪いなんて現実的じゃない」
梟は後ろを見て、後列の車が動き出していないか確認を怠らない。
「いや、そういうことじゃないんだって」
アニエロは、後部座席の座面にしがみつくような姿だった。この状態で、さっきの衝撃に耐えていたのだろう。
敢えて、『殿下』の屋敷に繋がる大きな道路ではなく、周辺の住宅と住宅の間に沿って作られた脇道に入る。
ジープは大回りをして、『殿下』の屋敷の裏門に近づこうとしていた。
「一回裏門側に車をつける。お前はそこで降りろ」
「了解」
みちるはL96A1をしっかりと両手に持ち、すぐ降りられるように準備する。
裏門側にも見張りがいたが、人数はさほど多くない。よほどのヘマをしなければ、みちる一人で対応できるだろう。そう踏んだ梟は、裏門のそばではなく、一番近い住宅の陰で、みちるを降ろす。
「それでは」
助手席から降りるみちるがドアを閉める前に、
「……無茶はし過ぎるな」
梟はそっと、声を掛ける。
「あなたもね」
みちるは穏やかに笑った。
車から降りていくのを見送るのは、実は梟は苦手だ。
いってきます、と言って二度と帰ってこなかった若い同胞を、そのたびに思い出してしまう。
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