8. Two heads are better than one
8-1.
事故処理で混雑した幹線道路を外れ、一台のジープが雑木林を突っ切る道を進んでいる。
道幅は狭く、枝が窓に触って、車内にまでガサガサという音が響いていた。
ジープが進むにつれて、道幅が広がり、枝も当たらなくなった。やっと、木々に邪魔される不快感のない、快適な運転になった。
その辺りで、ジープは速度を落とす。
運転手は、ハンズフリーで電話をかける。
相手は一回目のコール音途中で、通話に出る。
「出口の途中まできたけど、あんたらはどこ?」
運転手――アニエロは、周りをキョロキョロしながら、相手に尋ねた。
相手は何も答えないが、ガサガサと音を立てて移動しているような音は聞こえてくる。
『あ、見えた』
通話の相手――みちるの声が聞こえた。
「じゃ、ここで待ってるわ。……なぁ、俺の大事な
雑木林の暗闇の中、このジープの姿を確認できたということは、すぐに現れるだろうと思った。
電話をわざわざ切るのも面倒で、そのまま話を続けた。
アニエロが一番、気にしていたことを聞く。
『サバちゃーん、機関銃は無傷かって、アニエロが聞いてる』
アニエロの店があるビルを出た時同様、
『壊れて使えない、って試しに言ってみろ』
『白目剥いて倒れるだろうから、ちゃんと報告してあげなって』
梟の声はいくらか遠い。電話口にいるみちるの横から、口を挟んでいるのだろう。
「たとえ壊れても、俺が絶対直すから! 必ず持って帰れ!」
電話の向こうののんきな様子に、思わずアニエロは声を荒げた。
その瞬間。
バンッ、と運転席の窓を叩かれる。
アニエロは思わず体を揺らし、叩かれたドアを見た。
『つまり、直すって言うくらいだから、ボロボロにして壊しても平気だと』
窓を叩いたのは梟。そして今、電話を持っていたのは梟だった。
「違う!」
後部座席に乗り込んできた梟へ、アニエロは怒鳴りつける。
「それは曲解が過ぎるよ」
一拍遅れて、みちるが後部座席に乗り込んできた。
みちるの右肩に巻かれた布は、真っ赤に染まっていた。それを見て、アニエロは眉間に皺を寄せた。
「……その程度の怪我で済んだと思うべきか、なかなか手負いだねと言うべきか」
アニエロは後部座席のみちるを振り返る。
みちるの右肩は、
「どっちも正解」
みちるは余裕そうに笑った。
アニエロは助手席に置いていた応急処置キットを掴み、無言で後部座席の梟へと渡した。
梟はみちるの右肩の布切れを解く。解き終わった状態をルームミラーから見たアニエロは、後ろを振り返る。
「血がえぐい……痛そう」
みちるの肩の傷口を見て、アニエロは険しい顔をする。
「指とか動くのか?」
「普通に動く。貫通してないけど、神経は傷つかなかったみたいだね」
みちるは右手を開いたり閉じたりしてみせる。
その間に、梟は消毒薬と包帯を取り出していた。
「筋肉に弾丸が残ったんだろう。圧迫しても、血が出続けてる」
梟が淡々と説明する。
「あぁ、貫通した方が楽だよね」
アニエロが相槌を打つ。ルームミラー越しに見るみちるの顔色は青白い。
消毒薬をかけた時に、微かに歯を食いしばっているような様子がルームミラーから見え、アニエロは視線を窓の外へ向ける。
「お前は援護に回れ」
梟は包帯を巻きながら言った。
「援護?」
みちるが眉を寄せる。
「
そう言って、梟は包帯を巻き終え、応急処置キットをアニエロへ返す。
「サバちゃんの方が得意なのに……」
みちるは不服そうではなく、ただ疑問を口にしただけだった。
「無駄に負傷して、これ以上流血してみろ。どれだけアドレナリンが出たところで、カバーできない」
「おいおい、そこまで言ったらかわいそうだって」
アニエロが苦笑いを浮かべる。
「今やれることをしろ」
みちるは、梟の言葉に静かに頷く。
「了解。……間違って撃っちゃったらごめんね」
ぼそりと不穏なことを言ったみちるに、
「ごめんで済まないやつ」
アニエロは小さく笑った。
「お前は屋敷の庭に潜んで、突入の支障になる相手だけを撃て」
「『殿下』に関しては、何もしなくていい、と」
梟の説明に対して、みちるは即座に言葉を返していく。普段とは会話の反応速度が違う、とアニエロは目を丸くする。
「俺だけで十分」
「自信満々」
梟が煙草に手を伸ばす。煙草の穂先に火が点いて、煙がゆらりと立ち上る。みちるはシートに背中を凭れ、笑い声を漏らす。
「狙撃銃はどれが用意されているんですか?」
みちるは神妙な面持ちの梟の横顔へ、尋ねる。
「L96A1、レミントンM700」
梟は、足元に置いた銃器類から、名前の出た二種を手に取り、みちるへ渡す。
「馴染みが深いラインナップですね」
みちるはL96A1を左手で持ち、レミントンM700を膝に置く。
「新品はいいな」
みちるの手にあるL96A1をそっと取り上げ、しげしげと全体を確認した梟が、小さな声で呟く。
「もらっちゃう?」
みちるが冗談めかして言うと、梟は首を横に振る。
「いや。今のに愛着がある」
梟が言っている「今の」は、宿泊しているホテルの部屋の荷物に忍ばせている、愛用の銃のことだ。それは、今、手にある銃と同じものだ。
「アニエロまでの執着じゃないが、今持っているものには、それなりに執着がある」
梟が母国の軍の特殊部隊にいた頃から使っている代物で、使い込んで古ぼけてきたとはいえ、大事にしているのは間違いない。
「……同じでは?」
みちるはちらっと、運転席のアニエロを目で指し示す。
「違う」
梟の否定は早く、そして強い口調だった。そこまで言われる筋合いはないんじゃないか、と思うが、アニエロは黙っておいた。
「じゃ、どっちか運転代わってくれる? 残った方は、助手席に乗り換えてよ」
アニエロは後ろを振り向いて、そう声を掛ける。
「なぜ?」
梟が怪訝そうに尋ねると、アニエロは助手席に置いていた
「俺は、愛しのHK23Eを構えるからさ!」
アニエロの返答に、梟は眉間に皺を寄せた。
「お前、何をする気だ」
梟は面倒そうに立ち上がる。みちるも座席から立ち上がった。
「それじゃあ、お宅訪問しに行きますか!」
梟の質問に答えず、アニエロは後部座席に乗り込んだ。
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