7-2.
*
梟は、剥き出しの銃器をどっさりと肩に担いでいた。銃器類のほとんどは梟が持っていた。
一方のみちるは、アニエロの店の女たちから借りたコスプレ用のブロンドのウィッグを手で直す。
アニエロの店の周辺の、監視の人数が一気に減った。――みちるが昨晩、アニエロへ依頼した通り、『殿下』のビル周辺にいるという偽情報が流れた直後だった。
「見張りが減りましたね」
耳にイヤフォンをして、そのマイクに向かって話しかける。この国ではほとんど耳にしない、梟の母国語で。
ウィッグをつけたみちるは、店の前を堂々と歩いている。
しかし、誰にも気づかれていない。変におどおどしている方が目立つ、というものなのだ。
『なんでこの街のビルは、隣との隙間がこんなにも狭い』
梟は苛立ちをぼそりと漏らす。
逆に梟は、大型の銃器を持ち歩いているため、人目を徹底的に避けるしかなかった。
ビルとビルの隙間に入って裏側へ回り、ゴミや何かの残骸を踏み越えて、道を進んでいる。
「大通りに出たら、車を見つけましょう」
車を見つける、といっても、言葉通りの意味にはならない。タクシーも『殿下』の手が回っている可能性がある。
ならば、方法は一つだ。
「それまでは、そこにいてください」
大通りまで百メートル。
みちるはちらっと後ろを振り返る。
みちるの視界に入るビル、その隙間に梟が隠れている。
眼が合った瞬間、みちるは梟へウィンクを投げた。
梟は、一瞬固まる。
金髪のみちるにはまだ慣れない。それに、こんな風にウィンクをされたのは初めてだった。
『待て』
大通りに向かって歩くみちるを呼び止めた梟の声音が、緊張していた。その声に、みちるの足がピタッと止まる。
『勘がいい奴がいた』
すぐに銃声が聞こえる。みちるの視線が、梟のいたビルの隙間へ向けられる。動揺など一切見せない、強い眼差し。しかしその手は、無意識に拳を握っていた。
だが、梟の身を案じるよりも先に。
「……うーん、困った」
みちるは銃声に気づいた街の人々の視線が、自分に向けられているのを感じる。刺すような、殺気立った視線。
アニエロを消火器で足止めした後、囲まれた時と同じような展開だ。
その時よりも殺気が濃くなった分、もっと手強くなったのではないか。
じりじりと、武器を片手に近づいてくる人間が、全方位から。隙間が大きい円だが、しっかり囲まれている。
みちるが拳銃に手を伸ばすのと同時に、発砲が始まる。
みちるは身軽さが取り柄だ。バレリーナのように地面を蹴って宙を舞い、目の前にいた
みちるは地上へ着地する前に、手にしている拳銃で、自分を撃ち抜ける位置にいた男の、拳銃を持つ手を撃ち抜いた。
着地するなり、路上に停められた車の陰に身を潜め、時折撃ち返していた。それにしても、多勢に無勢だった。
みちるが身を隠した車の影は、停車しているにもかかわらず、ギッギッと軋みながら揺れていた。
後部座席のドア側に、身を屈めながら移動したみちるは、ゆっくりと顔を持ち上げ、中の様子を見る。
着衣が乱れたまま横たわった男に、同じく服をはだけさせて覆い被さる女。髪を揺らして、
銃撃戦が目の前で繰り広げられていても、意に介さず、日常はこうして続いている。
とんでもないところに遭遇してしまった、とみちるは引き攣り笑いを浮かべた。そして、後部座席の窓をノックする。
男女がビクッと体を揺らして、音のした窓を振り返った。男女はさっきまでの興奮が冷めやらないのか、上気した顔で荒い息遣いをしている。
窓の外から顔を出したみちるは、ドアに手を掛けると、銃口を男女に向けた。
「ごめんね、ちょっと車貸して? 返せる宛てはないんだけど」
それは人の警戒を緩ませる満面の笑みで、「ハンカチ貸して」と声を掛けてきたようなノリだった。
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