5-4.


「”クソが”……」

 上手く隠れているとはいえ、追っ手の気配を間近に感じ、梟は舌打ちする。そして、彼の母国語で忌々しそうに吐き捨てる。

 

「ドミニクの妹さんが、助けてくれましたね」

 みちるは手榴弾を落としてきた手の主のことを、口にする。

 

「どういうつもりかわからないが、手榴弾を提供したのはアニエロだろう。投げて寄越す役目をドミニクの妹にさせた」

「私たちを完全に裏切ったわけでは、なさそう」

 たしかに、ドミニクの妹が独断で手榴弾を用意して渡してきたとは思えない。

 裏で、アニエロが指示したのではないか、と考える方が合点がいく。

 

「だから、お前はあいつを買い被りすぎだ。……どうせマフィアなんて、金で動く連中だろうが」

 苛立った口調でそう言い、胸ポケットの煙草に無意識に手を伸ばそうとした梟は、そこで留まる。

 

「アニエロが、あの一瞬で裏切るとは思ってなかった」

 みちるは声を殺して、おかしそうに微笑んでいた。

 

「『殿下』が指示出しをすれば、即座に動く連中がここまでいる。アニエロだってそうだ。厄介な相手だ」

 梟は視線を道路側へ向ける。

 ビルの隙間から見える人影は、絶えない。

 このビルの隙間も、覗き込まれたら一巻の終わりだ。

 

「とはいえ、アニエロには、もうちょっと躊躇してほしかったとは思う」

 みちるは笑みを浮かべたまま、目を伏せた。

 その声は、極限までボリュームを落として、掠れている。それがまた、心許なく聞こえた。

 

「ほざいてろ」

 みちるのアニエロに対する期待を、梟はばっさりと切り捨てた。


 追っ手と化した人々が、怒号を飛ばし合いながら街を駆ける。

 誰かが転び、誰かが諍いによって殴られ、負傷者は容赦なく道端に押しのけられていた。

 

 街の空気がざわつき、焦燥と熱が入り混じっていく。

 


「さて、どこに逃げましょう」

 逃げ場などないのでは、と半ば諦めつつも、みちるは梟に問う。作り笑いだが、ほんの少し笑ってみせた。

 

「逃げる?」

 梟はふん、と不機嫌そうに鼻を鳴らした。

 

「……逃げないんですか?」

 まるで、逃げるつもりなどない、と言いそうな梟の様子に、面食らったみちるは瞳を瞬かせる。

 

「今の俺は、とても機嫌が悪い。だから、相手が一番嫌がることをする」

 梟はそう言って、地面に視線を落とした。



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