5-3.


 梟が裏口の扉を蹴り開けると、ネオンや看板の灯りが漏れて、無機質な光が漏れた路地が広がっていた。


 その路地には、人の気配しかない。

 無数の視線が二人を迎えた。


 みな、獲物を前にした、ハイエナのような視線を向けている。


 店の軒先に座り込んでいた酔っ払いが、急に立ち上がった。

 別の男と目配せし、どこかへ走る。

 

 ——街中に伝わったな、と梟は察した。

 誰かの首に値段がついた瞬間、情報が金に変わるのだ。

 人々の視線の質が、明らかに変わっている。

 

 それを見たみちるは、息を呑む。

「……うーん、これは困った」

 みちるの乾いた笑いは、どこまでも空虚だ。


 街の人々が、誰からともなく、二人を囲もうとしている。

 

 梟は無言のまま、見渡す限りの人間の装備を確かめた。

 拳銃、改造銃、ナイフ、鉄パイプ。

 梟は、ただ黙って、見渡す限りの人間の装備を確認した。

 

 みちると梟は、互いに視線だけ合わせる。

 頷くよりも先に、二手に分かれ、向かってくる集団に飛び込んでいく。


 みちるが向かったのは、拳銃ハンドガンやナイフといった近接武器が多い集団だ。

 

 襲いかかる相手の動きを先読みし、紙一重でみちるは身を捩る。

 相手のナイフを持った拳が空を切った。

 手応えの代わりに、相手の喉にナイフが突き刺さる。

 刺したのは、みちるが隠し持っていたコンバットナイフだ。

 ぐぇ、と短い悲鳴を上げて崩れ落ちる男を残し、みちるは次の標的に向かった。

 

 梟は、群衆の中で指示を飛ばしている男を素早く見極め、狙いを定めた。

 そして、手にした拳銃P226の引き金を引く。

 

 乾いた銃声。

 指示役が崩れ落ちると、群衆の動きにわずかな乱れが生じる。

 次に狙うのは、殺傷力の高い銃器を持った人間。

 

 群衆の中から悲鳴と、明らかな動揺が広がる。


 不意に、アニエロの店のビルの窓が開く音がする。

 みちるは反射的に上を見た。二階の窓が薄っすら開いている。

「え?」

 そこで見たものに、みちるは目を見開く。

 

 窓からは、見覚えのあるタオルケットから伸びた手が、何かをいくつも、上から落としてくる。

 みちるはそれに手を伸ばす。

 

 上から降ってきたのは、ピンの抜かれていない手榴弾。それも四個。

 そして窓は乱暴に閉まる。


 思いがけず、手榴弾を手に入れたみちるは、その勢いでピンを抜く。

 そして、群衆へ放り投げる。その隙に、残りの手榴弾は梟が回収した。

 

 ピンが抜かれた手榴弾を見た群衆は、絶叫混じりに、道路側へ殺到する。より広く逃げ場があるのが、そちら側だからだ。

 

 みちるが耳を塞いで屈み込むと、その頭上に、梟の腕が覆い被さる。


 ほどなく、爆発音。

 爆風が巻き起こり、熱風が皮膚を刺す。

 粉塵と火花の中、ガラスの破片や金属片が飛び交い、転がっていたゴミ箱が弾かれるように宙を舞う。


 群衆の絶叫と怒号が入り混じる中、梟はみちるの腕を掴んだ。

 そしてそのまま、追っ手が殺到した道路側ではなく、建物の裏側、ほぼ隙間などないような場所へ駆け込む。

 追っ手を欺くために、敢えてここから移動しない。

 

 爆発音を聞いてから、群衆たちがまたアニエロの店があるビルの周りを徘徊して、二人の姿を探し始めていた。

 

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