5-2.


 みちるが顔を向けた音の正体。

 ドアが打ち破られる音。ガラスが割れる音。足音。そして、銃声。

 一人や二人ではない人数が、迫ってきている。

 

 『殿下』はニヤリと笑った。

 梟は即座に拳銃P226を腰から抜いた。


 スーツ姿の男たちが、ドアを蹴破って雪崩れ込んできた。

 サブマシンガンFEG KGP-9ショットガンレミントンM1100を構えた彼らは、『殿下』の無事を確認すると、すぐさま、みちると梟を狙う。


 次の瞬間、銃弾の雨が降り注いだ。

 梟とみちるが身を翻した瞬間、壁にかけられた飾りが無残にひび割れ落ちていく。


「おぉ、派手な登場」

 みちるは薄っすら笑う。

 

「おい『殿下』!」

 突入してきた男に保護された形の『殿下』に、梟は珍しく声を荒げた。

 

「部下が死んでも、絶対に文句言うな」

「殺した分だけ、懸賞金を跳ね上げてやる」

 梟の悪態に、『殿下』は半笑いで答えた。

 

 『殿下』のそばにいた男は、サブマシンガンを撃ち部屋の外へ導く。

 みちるは、その銃口を『殿下』の背中に向けた。

 しかし、梟が素早くその手を押さえた。

 みちるは眉を顰める。


「ここで『殿下』を撃ち殺すと、向こうの士気が上がる」

 梟は舌打ち混じりに言う。

 総大将を討ち取って瓦解するパターンもあれば、逆に復讐心で勢いづくパターンもある。

 今はまだ、敵の総力も状況も把握しきれていない。


「逃げ出すのが先だ」

「了解」

 みちるは一瞬で弾倉を確認し、残弾数と敵の数を把握した。

 入り口の向こうには、さらに増援が控えている可能性が高い。

 

 となれば。


 みちると梟は、一斉に動いた。


 轟音が響き、扉の木枠が砕ける。

 流れ弾が顔や服を掠めていったが、気にしていられない。

 

 アニエロの店に踏み込んできた『殿下』の部下たちは、あまり規律の取れた動きをしていない。

 

 梟は一瞬で射線を計算し、最も腕が良さそうな部下の脚を狙った。

 発砲音とともに相手の膝が砕け、男が叫びながら倒れる。

 だが、油断はしない。プロなら、その声を囮にして詰めてくる。

 

 みちるは低く身を沈めながら、一人の喉元を撃ち抜いた。

 

 梟は部屋の中にあった施術台の残骸を持ち上げて盾にする。

 薄いマットレスに金属製のフレームがついただけのそれは、大した防御は期待できない。

 その貧相なに身を隠し、梟は角度を変えて、突入してきた敵の膝を撃ち抜いた。

 

 膝を撃たれた男は悲鳴を上げ、バランスを崩して後ろへ倒れ込む。

 あちこちから、叫び声が上がった。


 そして、一瞬の静寂が訪れる。


 この隙に二人はすかさず、一階の裏口へ向かう。

 

 裏口に立ちはだかる人影を見て、みちると梟は同時に、苦い笑いを浮かべた。

 そこにいるのは、この地で孤軍奮闘する、金髪碧眼のイタリア人の男。

 

 顔だけは申し訳なさそうにしているが、その手には拳銃ベレッタPx4を構えていた。

 

「ごめんな、俺も……二十五万ドルは欲しいや」

 アニエロは、二人を生け捕りにして、『殿下』の前に引き摺り出そうとしたいらしい。

 

「ボス・ヴェントーラに言いつけてやる」

 みちるはクスクスと笑い声を漏らして、アニエロに言う。アニエロは引き金を引こうとした。

 それよりも先に、梟が動くのが早かった。

 転がっていた消火器を拾って、アニエロへ向かって噴射する。

 

「うわっ!」

 白い粉が爆発するように広がり、視界を真っ白に染めた。

 アニエロは咄嗟に顔を背けるが、目と鼻に粉が入り込み、咳き込む。

 

 巻き上がる粉の中、アニエロの脇を通り過ぎる一瞬、

「じゃあね!」

 と、みちるは明るい声をかけていく。

 梟はアニエロを蹴飛ばす。バランスを崩したアニエロは、床に倒れ込む。

 梟は、さらにダメ押しの一撃を、腹に叩き込む。


 全身、消火器の粉まみれになりながら、アニエロは、裏口へと駆け去る二人を見つめるしかなかった。

 その表情は、心なしか笑っていた。

 

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