5. Money talks

5-1.



「待ってくれ、最後に電話をさせてくれ」

 持っていた銃を施術台に置くと、『殿下』は、みちるではなくサヴァンセに向けて、「最後の赦し」を請う。

 梟は、浮かべていた笑みを消し、冷たい眼で『殿下』を見下ろす。

 

「妻は妊娠中なんだ」

 妻がいるのか、いないのか。それを見抜く方法を、今のみちると梟は知らない。

 ただ、 『殿下』の声が震えているようには聞こえた。

 眉間に薄っすら皺を寄せながら、梟は舌打ちする。

 

 それを、承知の合図だと認識した『殿下』は、ジャケットのポケットからスマートフォンを取り出した。

 

 引き金に指をかけたみちるを、梟は視線で制止する。

 その梟の視線に、みちるは露骨に嫌そうな顔を見せた。

 

「あぁ、私だ。……指示通り、発令しろ」

 『殿下』の電話は、すぐ繋がった。

 その口ぶりは、使用人に何かを指示する時の声音だ。少なくとも、家族に向けた声ではない。

 

 みちるは引き金を引こうとしたが、梟の手が拳銃ベレッタ92のスライドを手で押さえつける。

 みちるは梟を不満げに睨んだ。

 

「やはり、話を聞いてもらうなら、この女ではなくお前だ」

 目の前の二人のやり取りを満足げに眺めていた『殿下』は、涼しい顔で梟に言う。

 梟は、じっと『殿下』を見つめ返している。みちるの拳銃は、撃てるタイミングを今か今かと待っていた。

 

「電話をした相手は、実は部下だ。そこで指示を出した」

 電話での口調から察した通り、『殿下』の電話の相手は「妊娠した妻」ではなかった。

 

「お前たちの首に十万ドル、生け捕りなら二十五万ドルの懸賞金をかけた」

 それを聞いた梟は、舌打ちを漏らす。みちるは刺すような視線を『殿下』にぶつけた。

 

「ドル? ユーロ圏なのに?」

こっちの人間には、ドルの方が使いやすいんだ」

 みちるは鼻で笑う。それに対し、『殿下』も同じように鼻で笑って返す。


「この国の富裕層は一%にも満たない。国民はみな、端金はしたがねでも食いついてくる」

 十万ドルを、『殿下』は端金と言い捨てられる。だが、市民は違う。

 

「今のお前たちは、さながら、金の卵を産むガチョウだ」

 口元に笑みを浮かべた『殿下』は、両手を鳥の翼を真似して羽ばたかせる。

 みちるは真顔でそれを見て、梟は首を少し傾げる。


「……少しは慌てたらどうだ?」

 思っていたようなリアクションがなく、『殿下』は眉を下げる。

 

「あーたしかにー」

 みちるはさして動じた様子もなく、淡々と棒読みで相槌を打ち、

「あー困ったなー」

 梟もそれに続いた。


 ――だが、そのやり取りは、一瞬で断ち切られる。


 突然、怒声が響いた。

 続いて、店の入り口側でガラスが砕ける音。そして、立て続けに銃声が鳴り響く。

 みちるが反射的にそちらを見る。

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