2-5.
*
アニエロがいる、住居兼事務所である部屋は、夕陽が差し込み、部屋の中に長い影を作っていた。
机の上のグラスや酒瓶が橙色に輝き、アニエロの影もまた、壁一面に大きく伸びていた。
ソファに腰掛けると、目の前のテーブルにみちるからもらったチョコレートが転がっている。
アニエロはそれを手に取り、包装紙を剥いで、頬張る。
チョコレートを味わいながら、アニエロはスマートフォンを弄った。
耳に当てたスマートフォンは、相手先を呼び出すコール音が聞こえる。
「このチョコレート、めっちゃ美味しいんだけど、どこで買えるやつ?」
相手が電話に出た瞬間、アニエロは今思いついたことを口にしていた。
『それ聞くためだけに、電話掛けてきたんです?』
電話の相手、このチョコレートを渡してきた相手――みちるは、呆れたように笑っていた。
みちるは梟と違って人当たりが良く、会話が弾む。
「行方不明になったガキの名前、ヤンって言ってたよな」
アニエロはそう尋ねながら、指先でテーブルを叩く。この動作に深い意味はないが、落ち着きたいと思う時にやっている。
『そう。十五、六歳くらいの男の子』
「そのヤンってガキとは直接の知り合いじゃないけど、ヤンに近そうな人間を知ってる女が、うちの店にいた」
アニエロは青い眼を天井に向ける。ゆったりと回るシーリングファンを見た。
「ドミニクって男で、『殿下』の屋敷で働いてるんだと。それも、ヤンと同じ雑用係」
『……なるほど』
それを聞いたみちるが、何か思い当たったように息を呑む。それから、平坦な声音で相槌を打った。
「今夜、そいつが店に来たら、引き留めてやるから、俺が呼んだら来い」
アニエロはソファから立ち上がり、窓辺へ向かう。
中途半端に開いたカーテンから、周りのテナントのネオンや看板のライトが点き始めているのが見える。
『今日来るって確証があるの?』
アニエロがドミニクを引き留める、と言い出したのを聞いて、みちるは疑問に思ったようだ。
「ここんとこ毎日来てるんだよ。うちの
ドミニクは、この一ヶ月、毎日のように通っている男だった。
身なりは、お世辞にも裕福そうではなく、いつも現金払い。会計に出すくしゃくしゃの紙幣が、ドミニクの生活そのものを表している。
『そのドミニクって人に、何か引っかかるところが?』
アニエロがこの情報を伝えにきた理由が何かあるのだろう、とみちるは見抜いている。
勘が鋭い女だ、とアニエロは思う。
「昨日も来てたんだが、うちのNo.2が言うには、ずいぶん落ち込んだ様子だったらしい」
アニエロが、店の売上No.2から聞き出した話によれば、昨日のドミニクはいつもより遅い時間に店へ来た。
応対したNo.2は、こんな時間に来るとは珍しいと思った。
だが、それ以上に珍しいと思ったのは、「それ」どころではないほど、ドミニクは気落ちしていたからだった。
そんなドミニクに、No.2は困り果てたのだという。
毎日会いに来るほど目当てにしている相手がそばにいるのに、ドミニクは何も話さず、ただすすり泣いているだけだった、と。
『そんなに落ち込んでるのに、アニエロの店には来るんだ?』
みちるはドミニクの行動に首を傾げているようだが、アニエロは笑い飛ばす。
「まぁ、人間なんてそんなもんだよ」
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