1-4.
車は都心部に入っているのだが、迂回路なので、回り道が多い。直線で行けば、とっくに目的地に着いているのだが、まだかかりそうだ。
「あ、見て、あそこの病院。あの病院に、オレクが入院してる」
ヤンが指差した方向にあるのは、この国で最新の設備を揃えたと言われている総合病院だった。青を基調とした建物に、窓ガラスが朝陽を反射して眩しかった。
「オレク?」
みちるは、ヤンの口から出てきた、「オレク」という言葉を聞き返す。
「オレク。俺の弟の名前ね」
ヤンはオレクと呼ぶ時、ほんの少し寂しそうな顔をする。
「弟さんは、入院して長いの?」
みちるはヤンが指差している病院を見る。
「うん。本当は、臓器移植しないといけないんだけど、お金足らないからさ」
ヤンの弟の病状は、思っていたよりも深刻だった。
「そんなに……。具合、少しでも良くなると、いいね」
みちるは、ヤンにどう返せばいいのかわからない。
「だから、俺は殿下のところで働いてるんだよ。あの病院、殿下が経営してるから」
ヤンが殿下のところで働く理由はシンプルで、そして重い。
今までの話を聞いていると、ヤンは、弟を人質に取られているようにも思えてしまう。
「それだと、働いても金が手元に残らないだろう」
サヴァンセが、みちるが言わないでおこうとしていた言葉を口にしていた。
「だけど、仕方ないよ。たった一人の弟が生きてるんだから、それでいい」
ヤンは笑っていた。泣きそうな顔で笑っている。
「むしろ、俺たちがここまで生き延びられたこと自体がラッキーだし。だって、この街じゃ、子供がよくいなくなるんだから」
「え?」
予想もしていない話をされて、みちるは目を丸くする。
「誰かにさらわれたって言う人もいるけど、本当はわかんない。親が子供を売ってるのかもしれないし。俺は、弟が守れればそれでいい」
ヤンの語り口はあっけらかんとしている。
家族ではない人間の話は、他人のこと。他人のことには深入りしない、というヤンのスタンスが透けて見えた。
「そっか……」
みちるはそう相槌を打つしかなかった。
「この道を真っ直ぐ行けば、殿下の家か?」
重い空気になりかけた車内で、サヴァンセが急に話しかけてきた。
「そう。俺は裏口から入らないと怒られるから、適当なところで降ろしてくれれば」
少年は前のめりになって、そう言うが、サヴァンセは舌打ちをする。少年がビクッと肩を揺らした。
「この車を、先に裏口へつける。道案内しろ」
サヴァンセが舌打ちしたのは、少年が遠慮して先に降ろして、と言ったからだったようだ。
「あ、ありがとう」
わかりづらい親切に戸惑った少年が、サヴァンセに言うと、また舌打ちが聞こえた。
そんなやり取りを見ていたみちるは、必死で笑いを噛み殺している。
少年が案内する通りに、車を裏口につけてから降ろし、今度は正門に向かって車を走らせる。
まだ朝早い時間だが、正門には数人の警備が、ピシッと並んでいた。門を車で抜けると、目の前に広がるのは手入れの行き届いた芝生と、噴水が輝く庭園。
その奥には白亜の大豪邸が悠然とそびえ立っていた。
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