溢れるなんて
第6話
矢木さんから送られてきた店の最寄駅に向かうと矢木さんは先に来ていた。
いつも作業着だから、私服姿かっこよすぎてビックリした。
「ゆさ……、このみ時間ぴったり」
「あ、ごめんなさい待たせて!」
「いや、俺も今きたとこだから」
そう笑いながら、さりげなく人の通る方に立って並んでくれる。
……好きが加速する。
「矢木さん、私服お洒落ですね!」
「そう?このみも可愛いよ。
可愛くしてきてくれて、ありがとね」
髪を巻いたりアクセサリーをつけたり、ヒールの靴を履いたりして、可愛いと褒められたことはあったけど、お礼を言われたのは人生で初めてだ。
「ありがとうって言うんですね、矢木さんは……!」
「だって大変じゃん。時間かかるし。
……あ、ごめん、なんかおこがましかったね」
「いえ!キュンとしました!!」
矢木さんは少し照れたような顔をする。
私みたいなアホは素直に気持ちを伝えるくらいしかできないもんな。
「歩かせてごめん。ここ、右に曲がったところ」
「よく来るんですか?」
「いや、初めて。
ずっと気になってはいたんだけど、お店の雰囲気が可愛すぎて入るの躊躇ってたんだ。
今日はこのみがいるし、助かった」
段差を指して私に注意を促して、先に石段を上がって扉を開けてくれる。
私が店に完全に入ると、静かに扉を閉めてから店員さんに名前を告げた。
そして、奥のソファの席に私を座らせる。
「……こんなの勘違いしちゃうよ!」
「いま俺何もしてないんだけど」
心の声が出てしまった。矢木さんは案の定ビックリしている。
そして私の方にメニューを向けてくれた。
「梅酒いっぱい!
洋梨酒だって!飲んだことない!」
「甘くて美味しいよ。
俺は一杯目はシードルにするけど、どうする?」
シードル、の説明を読むとりんごのお酒と書いてあった。
私が頷くと矢木さんは笑って他にもいくつか注文する。
矢木さんは飲むのが早くて、私が合わせようとしたらグラスを触って制された。
「俺、飲むの早いから合わせなくて良いよ」
私が急いでるって気づいてくれるの優しい。
てゆうか、矢木さんってなんでこんなに優しいんだろう。
「矢木さんって、一人暮らしですか?」
「いや、今は会社の社宅に住ませてもらってる。
一昨年から、妹が大学行き始めて、それを機に家でた」
そういえばそんな話、未沙部長から聞いたことあったな。
矢木さんに妹……。
「矢木さん、自慢のお兄ちゃんですね」
「いやー、どうかな。
俺、中学と高校の時は割とヤンチャしてたから。
まあ、高校の途中で陽くんと出会っちゃってヤンチャしようにも出来なくなったけど」
陽くん、というのはウチの会社の社長だ。
矢木さんは社長と仲良しで、昔からの知り合いだって聞いた。
「社長って昔からイケメンでしたか?」
「うん。これ、昔の写真」
見せられた写真には社長と、その隣には髪が赤くてピアスをつけたチャラい人が写ってる。
私が黙ってジッと写真を見てると矢木さんは何かに気付いたように慌てて写真を変えた。
「間違えた、ごめん!」
「……え?今のって……」
リアクションからして完全に矢木さん……だよな。
今と全然違う!
「髪の毛赤かったんですか?!」
「え、あ、……うん」
「すごい!先生に怒られないんですか?!」
「いや、怒られるけど……。
怒られてもこの髪にしてたんだよ……」
頭を抱える矢木さん。
……え、どうしたんだろ。酔っ払ったのかな。
だけど、しばらくするとお酒をごくごく飲み始める。
「このみは?髪染めたりしなかったの?」
「大学の頃は茶色でしたよ!赤はしたことなかったけど」
周りにも赤い髪の人はいなかったな。
……大学にはいたのかな?
「矢木さんは部活とかはしてなかったの?」
「してたよ。サッカー部」
「え!めっちゃかっこいい!」
「部員は8人だけど」
サッカーって11人とかじゃなかったっけ。
パニックになる私に矢木さんは笑った。
そして私にサラダを取り分ける。
苦手な生の玉ねぎを避けてくれてて、そこにもキュンとした。
「このみは?部活とかやってたの?」
「はい!馬術部でした」
矢木さんは小さく頷いてからレモンサワーを飲んで少しだけ笑った。
「馬は乗るもんじゃなくて賭けるもんだと思ってた」
かける……?馬はたしかに駆けるけど。
私が不思議そうな顔をしてるのがよっぽど面白かったのか、矢木さんはメニューを見ながら声を出して笑った。
「ギャンブルね」
「あぁ!!賭けるか!漢字が違った!
……え?矢木さん、ギャンブルやるんですか?」
「いや、俺はやらないけど友達が好きで。
さっき話した、サッカー部の」
見せてくれた写真はたしかに八人で、八人ともユニフォームを着ていた。
「これが矢木さんの親友ですか?」
「たしかに。親友。……ははっ。
なにそれ、初めていったわ。はずかし」
矢木さん、笑うと可愛い。ぽーっとしてきた。
矢木さん見てると、ドキドキする。
「……つーか、え?このみ?おい?お前酔ってる?!」
「へ?よってないれす!」
「ちょ……っ!呂律!
え?!なんで?!そんな飲んで、……」
注文表を見て矢木さんは一気に青ざめた。
そして慌てて店員さんに水を頼む。
「ゆさき、なんでこんな度数高い酒……!
酒そんな得意じゃないのに!」
「んんん……」
「おい、寝るな!がんばれ!おい!」
矢木さんの声、胸がドキドキする。
「ちがう、俺の声じゃない!
お前普通に酔っ払ってドキドキしてるんだよ!
心の声漏れてるし、心でそんなこと思うな!」
矢木さんの声は遠くなって、私の脳がシャットダウンするのを私はなんとなく感じた。
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