第7話
目を覚ますとそこはフカフカのベッドの上だった。
「おきた……」
矢木さんは疲れた顔で、私の目が覚めたことに心底安堵している。
「まさかホテル来るとは思わなかった」
キョロキョロすると確かにそこはホテルだった。
ベッドの上には見たことないパネルがグラデーションみたいに光っている。
試しにボタンを押したら急に音楽が流れて、矢木さんが少し慌ててボタンを押す。
「なんですか?これ」
「……え?このみ、来たことないの?」
……はっ!!
も、もしかして!ここが噂の…!
「ラブホテルですか?!
え!なんで!矢木さんのエッチ!」
「倒れたの誰だよ!
明らかに酔っ払ってる女を背負ってると、カラオケとかネットカフェは入れてくれねーんだ!
いいか?知らないかもしれねーから教えてやる。
世の中の悪い男はこうやってホテルに連れ込むんだよ。
分かったら、酒飲むときはアルコール度数確認しろ!」
矢木さんの大声初めて聞いた。
少しビックリしてしまった私を見て、ハッとしてから深呼吸してソファに座り直した。
「……体調は?」
「あ……、不思議とそこまで気持ち悪くないです」
「まだ酔っ払ってるんだと思う。
多分この後気持ち悪くなってくるから、今のうちに水飲んでおきな。あと、そのゼリーも。
飯食えてないと、気持ち悪さ増すから」
私の好きなゼリー。
……ほんと、よく見てくれてる。
「矢木さん、好きです」
「ありがとう、でも今はあんまりそういうこと言わないで。
俺モラルない方だし、普通に理性保つのに必死だから」
そう言った矢木さんを手招きすると、ものすごく迷ってから首を振る。
「なんか、気持ち悪くなってきました。
背中さすって欲しいです……」
「……わかった」
私なんかに女を感じてくれてるのか。それはそれで、結構嬉しい。
矢木さんの手は温かくて大きくて、私はまた眠くなってきた。
うとうとする私を見て矢木さんは慌てて肩をゆする。
ハッと目覚める私の腕を掴んでベッドから起き上がらせた。
「このみ、実家暮らしだろ?帰らないとご両親心配するぞ」
「はい」
「今日のこのこと、絶対に誰にも何も言うなよ。
同期にも言うなよ。藤村と赤尾にも言うな」
帰る支度をしながら私にカーディガンを着せる。
鞄を持ってくれた矢木さんの裾を掴んだ。
「……え?なに?」
「矢木さんはラブホテル、何回も来たことあるんですか」
慣れてる。動きが。
案の定、矢木さんは目に見えてオロオロし始めた。
「豊橋さんと?」
「は?豊橋?……って、すみれ?
なんでずっと疑われてるの?
すみれは俺の友達のことが好きなんだよ」
サラッとそう言ってから「これも秘密な」と人差し指を唇の前に持ってきた。
「……ええ?!サッカー部の人?!」
「そう。おーちゃんっていう友達。
まあ、圧倒的なすみれの片想いだけど。
紹介したのが俺だからやたらと関わってくるだけ。
もういい?出るよ?」
「じゃあなんで、ラブホテル慣れてるんですか?!」
矢木さんの両腕を掴んで向き合って見上げると、しばらく私のことを見下ろしてからチラッと部屋の奥の時計を見て、パシッと私の左手を掴んで、そのまま少し離れたベッドに押し倒した。
そしてパネルのボタンをほとんど見ないで触って部屋の電気は暗くなる。
「へ、っ?!」
「俺、このみが思ってるほど優しい奴ってわけじゃないよ」
ギシ、とベッドが鳴る。
見えないけど、矢木さんが近づいたのが分かる。
「や、やぎさ、」
「俺も下の名前で呼んでよ」
目が慣れてくる。
矢木さんの顔は思ったより近くて私は固まってしまう。
しばらくすると私のことを優しく起こして、部屋の電気がついた。
「……って、できちゃう場所なの、ここは!」
「は、はい……。……え?
要するに何回もホテル来たことあると……」
「何回もあるよ、27だぞ。
でも、何もしなかったのは初めてだよ」
ほら、と部屋から出てエレベーターのボタンを押す。
「……あの」
「質問がいっぱいだな」
「
チン、とエレベーターが鳴る。
二人で乗ると、矢木さんの唇がおでこに触れた。
「えっ!」
「……このくらいは許して。色々我慢したんだ、今日」
そしてエレベーターの天井を見上げて私の手を優しく握った。
「いいよ。名前でよんで」
そう笑った一朔さんに、勇気を出して抱きついたら、ふぅーと深呼吸された。
2021.10.2
サイダーみたいな夜 斗花 @touka_lalala
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