第3話

矢木さんは戻ってくると私のことを見て露骨に嫌そうな顔をする。



「ゆ、……このみ、なんでまだいるの?」


「単純に残業です!待ってたわけではないです、自惚れないでください!」



これは事実だ。

今週末の会議のために担当案件の数字を入力しなければならない。


私がパソコンに向かってると矢木さんは着替えに部屋を出て行く。



……と、思ったら着替えた矢木さんの手には私の好きなチョコレートがあった。



「資料の仕事苦手な人、うちの部署多いよな。ここの数字は関数引っ張ったほうが早いよ」



隣でコーヒーを飲みながら私の入力していたエクセルを確認する。


……距離近い!ってゆうか矢木さんって、いつも距離近いんだよな!!



「矢木さん好きです」


「ええ……。なんで?」


「私の好きなチョコ覚えてくれてるところとか、私に優しくエクセル教えてくれるところとか、距離感近いところとか好きです」



私の言葉に矢木さんはそーっと椅子を滑らせて離れる。



「一つ聞いても良いですか」


「すみれのこと以外なら良いよ」



黙った私を見て矢木さんは声を出して笑ってから、私の飲み終えたペットボトルを捨てに行ってくれる。



……あぁー、もう!


「すきぃー!」


「もう少し躊躇ってくれ……」



苦笑しながら私の間違えた計算式を指で示した。私はゆっくりパソコンを打つ。



「……あの、矢木さん」


「はい」



「お食事行く約束、まだ有効ですよね?」



矢木さんは私の目を見ると、ゆっくり頷いた。

私の目は自覚するほどキラキラする。



「何食べますか!」


「え?店は俺が決めるけど。

嫌いな食べ物ある?生魚食えないのは知ってる」


「え!なんで!!」


「いや、事業部の飲み会の時にアレルギーの話一回したじゃん」



私が好き、と言う前に矢木さんは慌てて「言わなくて良い!」と笑った。



え?てゆうか、こんなことされて、好きにならない人とかいるの?みんな好きになっちゃうよね?


矢木さんは私の作るエクセルが終わりに近づくと、立ち上がる。



「じゃ、俺帰るね」


「まさか私のこと待ってたんですか?!」


「いや、ごめん、この後普通に用事あるから」



荷物をまとめた後に誰もいないオフィスの椅子を綺麗に並べるところとか、好きだ。


ホワイトボードの日付を明日に書き換えるところとか、好きだ。



「わたし、お酒飲みたいです!矢木さんと!!」


「……え?飯って普通そうじゃねーの?あれ、俺がおかしいの?」



え!男の人と二人でお酒飲むとか、それって彼氏じゃん!


付き合ってる人とするやつじゃん!!!



「付き合ってないのに飲むんですか?!」


「いやごめん。気にしないで。お酒わかった」



矢木さんはリュックを背負い直して笑いながら、私に手を振った。


……なにこれ!すごい!かっこいい!


矢木さんって、なんであんなに格好いいんだ!


みんな気づいてないのかな?!

気づいてるけど、私に言わないだけかな?!



結局そのあとエクセルの作業は全然終わらなくて、私が会社を出たのはその30分後くらいだった。

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