龍と魔女 (終)

「でだ、儂らの話を聞いた侯爵はな、そりゃあもう、見物だったぞ。顔を青くしたり赤くしたり白くしたりと、まあ大忙しだったな! 見てて飽きることがないくらいだったよ」

店主は椅子に腰を深く沈めながら、大きく身振り手振りを加えて続けた。

「だがな、あの表情には理由があった。依頼自体は、儂らが文句のつけようもなく見事に果たしてる。けどよ、侯爵の本当の狙い――ほら、異界の力とかいうあれな――あれが、見事に水の底におさらばだったもんで、そりゃもう内心大慌てだったんだろうさ」


店主は口元をゆるめながら、少しだけ目を細めた。目の前で身を乗り出して聞き入る客たちを見回す。

「いやぁ、あの時ばかりは楽しかったよ。もちろん、気まずさもあったけどな。それでも、あの侯爵がこっそり仕込んだ計画が全部台無しになったって思うと、正直ざまあみろって気持ちがあったさ」


ジョッキを手に取り、大きく一口飲み干すと、店主はふと肩をすくめた。

「まあ、だがな、楽しいだけじゃ済まなかったわけだ。儂らはその一件で、共和国での仕事をほぼ諦める羽目になった。向こうで顔が割れちまったからな。それで、この国に移ってきたってわけだ。まあ、結果的には良かったけどな。こうして店を構えて、こうやってお前さんたちとエールを飲み交わせるんだからよ」


そう言い終えると、店主はジョッキの残りを一気に飲み干し、豪快にテーブルに置いた。

「さて、今日の話はこれでお終いだ。さあ、みんな、どんどん食ってくれ。豚に羊、まだまだ焼きたてだぞ!」


店主が声を張り上げると、客たちが一斉に盛り上がり、焼き上がった豚や羊を注文し始めた。さらに、空になったジョッキを掲げて酒のお代わりを頼む声も次々に上がる。店内は一気に賑やかな雰囲気に包まれた。


店主が少し忙しそうに店内を見回していると、奥の方から小さな声が聞こえた。

「お父さん、注文これね!」

振り返ると、給仕をしている少女――店主の娘が小走りに近づいてくる。彼女は母親似の愛らしい顔立ちで、肩までの栗色の髪を揺らしながら忙しそうに注文をまとめている。


「よぉ、店主オヤジさん、この娘さん、あんたに似なくて本当に良かったな!」

常連客の一人が笑いながらからかうと、少女は一瞬だけ笑顔を崩し、すぐににっこりと愛嬌たっぷりに返した。

「だから、面白い話なんて私には無理ですよ! 父さんにお任せしておきます!」


その言葉に店内の客たちがどっと笑い声を上げた。店主も娘の切り返しに苦笑いしながら、ジョッキを持ち直して振り返る。

「全く、口が達者なのは一体誰の血を引いたんだか」

「ちょっと、あんた! 話ばっかりしてないで手も動かす!」


振り返ると、店主の奥さん――美人で評判の彼女が大皿を両手に持ちながら出てきた。娘とそっくりの端正な顔立ちだが、切れ長の目と凛とした佇まいが印象的だ。


「ほらほら、次のお皿、テーブルに運ぶの手伝って!」

「おっと、わかったわかった!」と店主が大皿を受け取りに向かう。


その言葉に苦笑しながら肩をすくめ、客たちの注文を手際よく受けていった。その姿を目で追いながら、店主は満足げにうなずき、客たちの方を向いて声を張り上げた。


これで、次の月までがんばれる。来月だと満月からは少しずれるが、なに、かまうものか。次は、どんな話だろう。今日の話で出てきた魔女や騎士の事を聞いても良いかもしれないな。いや、久々に宮廷話も捨てがたい。

何しろ、月に一度のお楽しみ。

そう、安息日前の満月ともなれば、小鬼どもすら騒ぎ出すのだから。

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