龍と魔女 (5)

「こんなたわいもない会話を交わしつつ、儂らの手は忙しく動いていた。斧使いの傷を応急処置しながら、周囲を見渡して、次に使えるものがないか見繕う。状況は最悪だが、それでも生き残るために、何とか突破口を探さなきゃならなかった。

『さて、依頼が"異界の力を封じる"に変わった以上、作戦を立て直さねぇとな』

リーダーは、それでも前向きだった」

一息入れるために、舐めるようにエールを呑む。

「そのとき、横たわっていた斧使いのドノバンが、うわごとのように口を開いた。声は弱々しいが、その目だけはまだ鋭かった。

『あれは……肌じゃない……やつは……龍の鱗みたいに、鋼の皮膚をまとってるんだ……』


儂ら全員、言葉を失ったね。ドノバンは満身創痍で、顔は真っ青だったのに、その声だけはあまりに現実味を帯びていて、全員に響いたんだ。

『鋼の皮膚……龍の鱗みたいに……』

儂が思わず反復すると、リーダーが低い声で言った。

『わかった。だから、このまま休んでろ』

リーダーの言葉に、ドノバンはこくりと頷く。けれど、その息遣いは荒いままで、全身を覆う痛みと必死に闘っているのが手に取るようにわかった。傷口からはまだ血が滲んでたし、骨まで響く痛みだろう。

『すげぇな、あいつ……』

儂は、じっと耐えるドノバンの姿を見てつぶやいた。おまえさんたちもわかるだろう? 痛みに耐えるのがどれだけ大変かってことを。気を紛らわす何かがあればまだしも、こんな状況じゃそんなものは無い。ただ、ひたすら痛みと戦うだけだ。それをドノバンはやり遂げていた」

言葉と共に、ぐるりと周囲を見渡す。

「だが、そんな感心している場合じゃないこともわかっていた。

ドノバンの抜けた穴は、戦力的にも心理的にもでかかった。いや、おまえさんたちも覚えてるだろう、以前の赤帽退治の話を。あのときだって、ドノバンが繰り出した渾身の一撃が決め手だったんだ。ここぞという場面での奴の斧は、どんな装甲だって砕くっていうほどの威力があったんだ。


『斧の一撃が効かねぇ化け物なんてな……』

儂は思わず愚痴をこぼしたが、リーダーはすぐにそう言った。

『絶望は愚か者の結論だ』

その言葉が、妙に重かったね。リーダーの口癖だったんだが、この場面では特に刺さった。確かに、化け物がどんなに恐ろしかろうと、どんなに硬かろうと、弱点が無い奴なんていない。そう言い聞かせなきゃ、戦い続けられないからな。


でも、じゃあその弱点がどこなのか――そこが問題だった。

儂らは、心底頭を悩ませたよ。見た目からじゃ何もわからない。どこをどう攻撃すればいいのか、検討もつかなかった。

『どうする……?』

リーダーが低く呟く。儂ら全員が押し黙る中で、化け物の重い足音だけが洞窟に響いていた。そいつはこっちをじっと見据え、時折そのくちばしを上下に動かしながら、威嚇するように音を立てていた」


「化け物は、じりじりと後退して鏡の前まで戻ると、そこで動きを止めたんだ。そいつの長い嘴を左右にゆっくり振りながら、洞窟の中を観察しているようだったな。まるで何かを狙ってるみたいな目つきでな……正直、こう思ったよ。『そのまま鏡の中に消えてくれればいいのに』ってさ。嫌、本当にそう思ったんだよ。だけど、まあ、人生ってのはそう都合よくはいかないもんだな。


で、その時点で斧使いのドノバンが戦線を離脱してたから、化け物を牽制するのはリーダーの役目だったんだ。リーダーの剣捌きはな、派手じゃないがとにかく確実なんだよ。一撃の威力じゃドノバンの斧には敵わないが、素早さと正確さは一級品でな、見てて安心できる腕前だった。


リーダーは剣を構えて化け物の周囲をじりじりと動き回りながら、『おい、こっちを見ろ、この化け物め!』なんて叫んでたな。普段の冷静さからは想像もできない焦りが声に滲んでたよ。


で、儂もその横で、飛び跳ねたり、手を振ったりして、なんとか化け物の気を引こうとしてたんだ。『おい、ほら! ここだ、こっちを見ろ!』ってな。いや、もう必死だよ。汗は滝のように流れてくるし、息も切れてくるしでな。それでも、少しでもあいつの気を引ければ儲けもんだと思ってたんだが……。


そいつは儂らのことなんかまるで無視しやがった。そして、またゆっくりと嘴を土龍モーラの方に向けたんだよ。


何でそんなことするんだと思って、土龍モーラの方を見たら、すぐに理由がわかった。妖女だ。妖女が土龍に向けて呪文か何かを唱えていたんだ。それが効いたのか、土龍がゆっくりと再び立ち上がろうとしていたんだよ。いや、そりゃあ見事だった。あの巨体が再び動き出す様子ってのは、どんな状況でも希望を感じさせるもんだ。


リーダーが『おい、見ろ! 土龍が復活するぞ!』って叫ぶ。

儂も『まだいけるぞ! あいつに一撃入れてくれれば!』なんて、思わず声を出しちまったよ。


けどな、化け物の動きが変わったんだ。その嘴が明らかに狙いを定める動きだった。次の瞬間、化け物がぐぐっと体を引いて、嘴をまっすぐ土龍モーラに向けたんだ。


『やばい、間に合わねぇ!』

リーダーが叫び、儂も武器を手に駆け出したが、化け物が魔法を放つ方が早そうだって、全身で分かってた。胸がギュッと締めつけられるような、そんな感覚だったよ。


それでも、土龍モーラが立ち上がるその姿には、ほんの一瞬でも儂らに希望を抱かせる力があった。『もし一撃が入れば……』ってな」


ここで店主は一旦話を切ると、エールを一口飲み干して、喉を潤した。空気をたっぷり吸い込むと、ニヤリと笑いながら話を再開する。


「だけど、現実はそう甘くない。化け物の嘴が光り出した瞬間、儂らの希望は木っ端微塵だ。次の瞬間、土龍モーラはその攻撃をまともに受けて、再び倒れちまったんだ。妖女の叫び声が洞窟に響く。『モーラ!』ってな。だけど、土龍は動かない。ただ、重たく沈黙してしまった。


儂らも完全に息を呑んでた。だけど、次に何が起こるかを考える余裕なんてなかったよ。その化け物が次に誰を狙うか、それを見極めることで頭がいっぱいだったからな」


「同時に、儂らもその隙を逃すまいと、必死になって攻撃を加えていったんだよ。化け物の動きが止まってる間に、何とか弱点を見つけようと必死だった。リーダーは素早い剣捌きで懐に飛び込み、『おらっ!』って渾身の一撃を見舞ってたし、魔法使いのフランは、今持ってる術を全部叩き込む勢いで呪文を唱え続けてた。

儂? いや、儂は武器の達人でもなけりゃ、魔法使いでもない。ただ、せいぜい邪魔にならんように周りをちょろちょろ動き回って、あとは『何か』に気づくことに専念してた。仲間が命懸けで攻撃してるんだから、儂も何かしら役に立たなきゃと思ってな。


で、その『何か』だ。そいつに気づいたんだよ。


土龍モーラの方に動きを変えた化け物の嘴が、妙な方向を指しているのに気づいた。最初は気のせいかと思ったんだが、いや、間違いない。嘴が示していたのは土龍じゃない……その向こうだ。そこに妖女がいてな、どうやら土龍モーラに何かしら指示を与えようとしている最中だった。


『おいおい、そりゃまずいだろ!』ってな、考えるよりも先に身体が動いてたよ。気がついたら、儂は全速力で妖女の方に向かって走ってた。これが本能ってやつなのかもしれんな。


もちろん、リーダーもフランも、それどころじゃない。そいつらは相変わらず化け物の弱点を探るのに集中してたから、儂が何をしようとしてるのかなんて、気づきやしない。逆に妖女の方は、土龍モーラの指揮に必死で、儂の接近なんてまるで見えちゃいなかったんだ。


儂は、走りながら声を張り上げた。『やめろ! そっちに行くな!』ってな。でも、妖女は完全に無視だ。あの時の儂の必死の叫びを無視するあたり、まあ、ある意味すごい集中力だよな」


「そしてな、まさに化け物の嘴が光り出して龍殺しの魔法を放とうかって直前だったよ! 儂はその瞬間、妖女に思いっきり飛びかかったんだ。そりゃもう、腕を思いっきり伸ばして、抱きかかえるようにな。自分でも驚くくらい素早く動けたもんだよ。いや、昔の儂に拍手してやりたいくらいだ。


勢いのまま、妖女を抱えて前方に跳ぶと、空中で体を入れ替え、儂が下になるようにして地面に着地。まあ、着地っていうより、転がり込むように滑り込んだんだけどな。結果として、儂の背中は岩肌でゴリゴリに擦れて、擦り傷だらけになった。痛かった? そりゃもう、痛かったとも! だがな、そのおかげで妖女は無傷だった。それだけで十分だろ?」


そう言いながら、店主は少し得意げに胸を張り、グラスを一口傾けた。その後、話を続ける。


「で、地面に転がりながらも、儂は妖女に『危ないだろうが!』って怒鳴ったんだが、彼女の方は……いやぁ、全く。『何をする!』だなんて、怒りと当惑が入り混じった声で言いやがった。あの状況で、それが第一声かよ、ってな。


だが、その声が終わるか終わらないかのうちに、再び『モーラ!』って声が洞窟に響き渡った。土龍モーラが、またしても爆ぜたんだ。そして、どすん、って大きな音を立てて再び地に伏せた。妖女は泣きそうな顔で『モーラ! モーラ!』と叫びながら、立ち上がって駆け寄ろうとしたんだ。


儂は慌てて彼女の腕を掴んで止めた。『ダメだ、危ない!』ってな。だが、彼女は振り払おうとする。『離して! モーラが!』って必死な声で言ってきた。いや、こっちだって必死だよ。『今飛び出したら、お前さんが危ないんだ!』って言い返しても、まるで耳に入らない。


『モーラが!』と何度も泣き叫ぶ彼女を、儂はしっかりと腕で押さえ込んだ。力づくで抑える形になったが仕方がない。『落ち着け! そんな状態じゃ、助けられるものも助けられなくなるぞ!』と、ゆっくりと語りかける。


しばらくして、ようやく彼女の動きが止まった。泣きながら顔を上げて儂を見返してきた。……そのとき気づいたんだ。妖女は、実はかなり若いんだってな。濃い化粧で誤魔化してたが、涙で化粧が崩れたおかげでその地肌が見えちまった。

多分、小娘って舐められないように、って事だと思うけど。


けどな、その瞳は違った。化粧の隈取りが取れた切れ長の目は、先ほどまでの混乱と恐怖が消え、代わりに芯の強さを感じさせる目になってたんだ」


再びジョッキのエールで喉を潤すと、店主は続ける。

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