龍と魔女 (2)
「『出てこい、盗賊共。だがここには、貴様らが望むものなど何もないぞ』」
店主は、声色を少し高くして魔女の透き通る声を真似てみせた。
「なぁ、どう思う? 普通ならだ、まず何かしら威嚇するなり、あわてふためくなりするもんだろ? だが、この魔女さんは全く動じない。寝起きだってのに、そんなことは微塵も感じさせない声だった。これだけでも只者じゃないってわかるだろ?」
店主はジョッキを持ち上げて口元に運びつつ、続けた。
「ま、儂らもこの手の仕事は慣れてるからな。まずは軽くうなずきあって、声の主の方へ歩き出したよ。ただし、こっちだって冒険者だ。いつ何が起きても良いように、武器はしっかり握ってな。だが、いきなり構えて出るのも失礼だろう? 相手がまず話をしてくれるなら、それに乗るのが礼儀ってもんだ」
ここで店主は片手を上げ、話に引き込まれる客たちを見渡した。
「で、だ。その魔女、いや、妖女と言うべきか――初めてまともに姿を見たときは、正直、驚いたよ。なんていうか、いわゆる『魔女』のイメージって、よぼよぼの老婆とか、鼻の曲がった老婆とか、あとは、老婆とか……まあ、そんなもんだろう? ところがだ、出てきたのは――これがまた、妙に艶っぽい年増だ」
客席から笑い声が漏れる中、店主は慌てたように手を振った。
「おいおい、変な想像をするなよ。嫁には口止めしてくれよな! 冗談じゃない、しゃれにならんからな。けど、本当の話、黒いローブをまとってるもんだから、どちらかというと魔女っていうより
客がうなずき始めると、店主は勢いを増して語り続けた。
「でな、その魔女が、黒い長髪を腰までたらして、切れ長の目でじっと儂らを見据えるんだよ。いやぁ、あれは怖いっていうか、威圧感があったな。ローブ越しでもわかるんだ、嫁同様の見事な
え、おい、のろけるな、だから噛むんだ、だって?
「うるさい、うらやましいだろ。……覚えとけよ」
店主はここで少し間を置き、鈴の音のような高い声を真似てみせた。
「『お主らの望むような財宝など、ここには無い。即刻立ち去るがいい』――ってな!」
店主は手を広げて大げさに言い放つと、客たちの笑いを誘った。
「『お主らの望む様な財宝など、ここには無い。即刻立ち去るか』」
妖女の透き通る声が、広間に響いた。いや、それだけじゃない。響くというより、まるで胸に直接刺さってくるような、不思議な響きだったな。
「儂らは、顔を見合わせたよ。あの声を聞いた途端、全員が同じことを考えた――『この侯爵の野郎、またろくでもない手を使いやがったな』ってな。多分な、財宝の噂を流してごろつきどもを煽ったんだろうよ。だけど、どうやら上手くいかなかったらしい。そりゃそうだ。あんなの見たら普通の盗賊なんてひとたまりもない。
……いや、そもそも見た瞬間回れ右するな」
店主はジョッキを置いて、手を大きく振りかざした。
「で、妖女がさらに言いやがった。『それとも、此の世から去るか』ってな。いやぁ、これまた冷たくてぞくっとしたねぇ」
「そんとき、儂らのリーダーが言ったんだ――『それが、残念なことに俺たちが望むものは目の前にあるんだよ』ってな」
「『ほう、財宝ではないか。ならば、なんだ』――妖女が問い返してきたんだ。まるで、リーダーの言葉の裏を探るようにな」
店主は声を低くし、妖女の鋭い口調を真似た。
「リーダーがな、どう答えたもんかと逡巡してたその時だよ。隣にいた斧使いが、また妙に野太い声で叫びやがった。『魔女退治だ!』ってな」
客たちが笑い声を漏らすと、店主は肩をすくめた。
「全く、あいつはどこに行ってもでかい声出す癖があるんだ。あの時も、そんな大声出すから、妖女が鋭くこっちを睨みつけてきたんだよ。それで、『なるほど、侯め、考えおったな』って言いながら、土龍の方を向いて叫びやがった――『モーラ!』ってな」
「実際な、あのゴーレムは強かったよ」
店主はジョッキを軽く揺らし、場を見渡すようにして言葉を続けた。
「俺たちも、それぞれ武器を取って応戦したが、正直なところ、あいつの攻撃をかわすので精一杯だったってのが本当のところだ」
店主は身振りを交えて語り出す。
「拳を振り下ろしてくるたびに地面が揺れるし、そのたびに周囲の小石やら埃が舞い上がる。あの威力の拳をまともに喰らったら、粉々になっちまうだろうってのが、ひしひしと伝わってくるんだ。怖かったぜ」
店主はジョッキを置き、少し顔を上げる。
「だがな、戦ってる最中にふと思い出したんだよ。ゴーレムの弱点をな。あいつらは頭部の
店主は苦笑を浮かべ、手を広げて客たちを見回した。
「で、ここからが本番だ。『ゴーレムの腕をかわして、そのまま飛び上がって腕を駆け上がり……』なんてな、そういうカッコいい展開を期待してたかもしれんが――悪いな、そんな器用な真似、俺には無理だ」
客たちが笑い出すのを見て、店主も釣られるように笑いながら続けた。
「実際にはどうしたかって? 俺はこっそりその場を離れて、近くの木に登ったんだよ。ゴーレムの目をくらませてな。そして、木の上から奴の頭に飛びつくチャンスを伺ったってわけだ」
店主は片手を上げ、仲間の動きについて語る。
「その間、仲間たちが見事な働きをしてくれた。最初は、俺が逃げたと思ったのか、すごい形相で俺を睨んでたけどな。俺の意図に気づいた連中は、すぐにゴーレムを木の方に誘導し始めた。いや、本当に見事なもんだったよ。戦いの最中に相手を意図した場所に誘導するってのは、言うほど簡単なことじゃない。それを冷静にやってのけたんだからな」
店主は一瞬、言葉を切ってから続けた。
「んで、俺の出番だ。間合いが上手く整ったところで、木からゴーレムの頭に飛び移ったんだよ。ほら、一か八かってやつだ」
店主は両手を動かし、当時の動きを真似るように話し続ける。
「ゴーレムの頭にしがみついた俺は、
店主は少し得意げな顔でジョッキを持ち上げ、一口飲む。そして、おどけたように言葉を続けた。
「で、俺がどすんと地面に降り立った時だよ。『あちゃー、全く』って口をつい滑らせたんだな。それを聞いたリーダーが、近くに駆け寄ってきて『どうした?』って聞いてくる」
店主は大げさにため息をついてみせた。
「いやな、俺が指さした先を見て、みんなも一緒に『はぁ』ってため息をついたさ。なんでかって? ゴーレムが崩れてただの石になったのはいいんだが……その石の下には、俺たちの食料が全部埋もれてたってわけだ」
店主は肩をすくめ、苦笑いを浮かべる。
「それでまた一仕事増えたってわけだ。石をどかして、潰れた食料の残りを何とか拾い集めてな……まあ、これも冒険者の宿命ってやつだ」
店主はそう語り終えると、ジョッキを再び手に取り、客たちを見渡して言った。
「さて、こんな話が今夜の肴になるんなら、それも悪くないだろう?」
「さて、ゴーレムを倒して洞窟の中に入ったわけだが……ここからがまた妙でな」
店主はジョッキを置き、手を組みながら少し身を乗り出した。
「狭い通路をしばらく抜けると、あっさりと広間に出たんだよ。拍子抜けってのは、まさにこのことだな。警護役のゴーレムを突破した直後にいきなり親玉が出迎えそうな場所だもんな。だが、よく考えりゃ当然っちゃ当然だ。あんなゴーレムを置いときゃ、それだけで防御は十分だろ? わざわざ罠だの迷路だの複雑にする必要なんかない」
店主は軽く肩をすくめると、さらに言葉を続けた。
「実際、複雑な洞窟の方が珍しいくらいさ。通路は狭かったけど、その長さや配置からして、かなり気を配って作られたもんだってのは感じたね」
店主の表情が少し険しくなり、語気を強めた。
「だがな、その広間に入った瞬間……俺たちは全員度肝を抜かれたよ。何しろ、あの普段は冷静沈着なリーダーがだ、『なんだ、こりゃ』なんて間抜けな言葉を口にしたんだぜ」
客の間から笑い声が漏れると、店主も苦笑いを浮かべた。
「いや、本当だってば。あのリーダーがだぞ? 戦場でも一切取り乱さないって評判の男が、だ。思わず俺も振り向いちまったくらいだ。おまけにその声がさ、普段の低くて落ち着いた声じゃなくて、まるでヒヨコでも踏みつけたような高い声だったんだよ!」
店主は手を叩いて笑いながら、話を続けた。
「で、後でそのことを指摘してやったらな、あいつ、顔を真っ赤にしながらこう言ったんだ。『俺がそんな間抜けなことを言うわけがない。俺は15の時に間抜けな事は遣り切った。二度と間抜けな言葉は口にしていない』ってな。ほら、リーダーって妙にプライドが高いからさ、こんな調子でムキになっちまうんだよ」
店主はふっと笑いを引っ込めると、真剣な顔に戻った。
「確かにな、その空間はとんでもなく広かったよ」
店主は手を大きく広げて、目の前に見えない壁を描くような仕草をする。
「この店? いやいや、この店どころか、屋形様のお屋敷だって楽々と入る広さだ。おまけに天井も高ぇ。空を仰ぐような気分だったぜ。まさにどデカい地下空間って感じだな」
店主はジョッキを傾けて一息つくと、少し口元を歪めて続けた。
「だがな、単に広いだけなら、そんなに驚きゃしない。俺たちも、これまで色んな場所を見てきたからな。その程度で『おおっ』なんて声を上げるほど初心じゃねぇんだ」
店主は指をテーブルにトントンと叩きながら続ける。
「でもな、広さだけなら驚きゃしない。俺たちもそれなりに広い空間は見慣れてたからな。
何に驚いたかって? いやぁ、まあ、説明が難しい。端的に言うと……想像の斜め上を行き過ぎてたってこった。そりゃあ俺たちのリーダーが『なんだ、こりゃ』なんて言っちまうくらいだからな!」
店主は片手をひらひらさせ、ふっと顔を曇らせる。
「ただな、誤解するなよ。別に空間がお花畑だったとか、レースやペナントで飾り付けられてたとか、そんな話じゃねぇぞ? そんなの見た瞬間に足が回れ右して逃げ出すに決まってる!」
客の一人が笑い声を上げると、店主も苦笑しながら肩をすくめた。
「いやいや、笑い事じゃないんだって。思い出すだけでぞっとする……ピンクのフリルで飾られた、血まみれの地下牢とかさ。誰得だよ、そんな空間。何かの呪いかって思うだろ?」
店主はエールをぐいっと飲み干し、息を整えながらテーブルに両手をついた。
「まあ、それはさておきだ。本題に戻るぞ。その空間は岩肌むき出しのまま、まさに『洞窟』って感じだった。ただし、右手奥には妙なもんがあったんだよ。巨大な鏡みてぇなものが、質素な祭壇みたいな台座に祀られてた」
店主は片手を上げて鏡を描くようにし、反対の手でその周囲を指す。
「でな、その鏡の真正面には、何かがデーンと構えてたんだよ」
客たちが身を乗り出すのを見計らい、店主は声を低くして言った。
「そう、
店主は両手を大きく広げ、体全体を使ってその姿を示す。
「でもな、ただの
店主は片手を目元にあてがい、覗き込むような仕草をしながら言った。
「いや、本当にだぞ? 龍だぜ? あの土を穿つ巨大な怪物が、鏡の前でおすまし顔だよ。まるで『俺の左の鱗、ちょっと汚れてないか?』って確認してるみたいな感じだったんだ」
客席からクスクスと笑い声が漏れると、店主は両手を広げ、さらに話を盛り上げる。
「でな、その横には、どう見ても『仮眠中のお人形さん』みたいな魔女が寝台に横たわってたんだ。いやいや、聞いてくれ。俺たち、一瞬、本当に人形かと思ったんだよ! それくらい小柄で、華奢だったんだよ」
店主はテーブルの端を指でトントン叩きながら、少し首をかしげた。
「でもって、その横で鏡を睨む土龍。もうな、あまりのシュールさに、俺たち全員、硬直しちまったんだよ。だって、考えてみろよ。見た目ゴツゴツしたモグラみたいな奴がだ、頭をかしげるようにして鏡を見てんだぞ? しかも、鼻先をぴくぴく動かしながらだ」
店主は自分の鼻を指でつまむ仕草をして、笑いを誘った。
「それで、リーダーがだ、そんな光景を見て、あの冷静沈着なリーダーがだぞ? 『なんだ、こりゃ』って素っ頓狂な声を上げちまったんだ。いや、声が高ぇのなんのって、普段の渋い声はどこ行ったんだって感じだったな!」
店主は息をつく間もなく続ける。
「そりゃ、俺たちもわかるよ。この状況、誰だって頭が真っ白になるさ。鏡を睨むモグラの横で、眠ってるお人形さん。どっちも場違いすぎる。俺たちの頭にはな、『この光景、一体誰が考えたんだ?』って疑問しか浮かばなかったね」
一呼吸置き、店主はジョッキを持ち上げると、ふっと目を細めた。
「で、俺たちがそのシュールな光景に見入って固まってる間に、だ。モグラの奴が鼻をひくひくさせたかと思ったら、急に身じろぎし始めたんだよ。そして、魔女がぱっと目を覚ましてこっちを見た……」
客席の空気が張り詰める中、店主はジョッキを置き、体を少し前に乗り出した。
「さあ、これからが本番だ。そいつらが起きたってことは、いよいよ戦いが始まるってことだ――ま、続きが聞きたきゃ、もう一杯エールを頼むんだな」
客たちがざわめく中、店主は笑いをこらえるように口元を押さえた。
「いやぁ、あの光景には驚いたな。龍が鏡に見入って動かないなんて、聞いたことあるか? まるでおしゃれな貴族が、身支度を整える前に鏡で髪型を確認してるみたいなもんだ!」
客席から笑いが漏れると、店主は満足そうにうなずきながら続けた。
「でもな、笑ってる場合じゃなかったんだ。その寝台の上で仮眠してるかと思った女性――つまり魔女だ――が目を覚まして、こっちに顔を向けたんだよ」
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