龍と魔女 (1)
「さて、今回の話は――魔女退治だ」
店主はジョッキを軽く持ち上げると、一口飲み、満足げに喉を鳴らした。
「依頼はな、辺境の近くにある丘に居を構えた魔女を退治しろってものだった。『退治』って言うと物騒だが、別にそいつが何か直接悪さをしてきたってわけじゃない。ただな、その魔女のせいで天候がやたらと変わったり、作物に影響が出たりするもんだから、村人たちから『なんとかしてくれ』って話が持ち上がったわけだ。まぁ、そんなところだ」
店主は客たちを見渡し、声を低める。
「だがな、本当の理由はもっと別にあった。魔女が住んでたその丘ってのが、共和国と帝國の国境に近い要所でな――兵を動かすにはどうしても押さえておきたい場所だったんだ。で、困ったことに、魔女ってのは
一拍置いて、店主は意味深に笑みを浮かべる。
「ちなみに、この魔女は『本物』だった。いわゆる占いや幻術程度の力じゃなく、実際に天候を変えるほどの実力者だった。
まあ、自在にって言うと言い過ぎだけどな」
「さて、当時この地を治めてたのは、王様の側近中の側近である侯爵だった。その男はな、戦争の準備や補給、戦略の立案なんかにかけちゃあ天才的な腕前を持ってた。『戦場だけが戦いじゃない』ってことを骨身にしみて学んだタイプの男だったわけだ。だからこそ、その魔女の住む丘の重要性を一発で見抜いた。
で、だからこそ『排除せよ』って短絡的な結論に至ったってわけだな」
店主はジョッキを置き、視線を上げる。
「だが、問題があった。軍隊を動かせば、ただでさえ緊張が高まってる帝國との戦争の火種になりかねない。かといって、いきなり魔女に賞金をかけるのもまずい。直接的すぎて角が立つしな」
店主はここで一呼吸置く。客たちが次の言葉を待つ視線を楽しむようにしてから、声を潜めた。
「そこで、我々冒険者の出番ってわけだ。そう、俺たちみたいな連中にな――」
店主はふと顔を上げ、どこか懐かしげに語り続ける。
「さて、さっきも言ったが、普通こういう魔女騒動ってのは、たまたま天候不順で収穫が悪かったりするときのスケープゴートにされるのがほとんどだ。実際にはちょっと魔法が使える程度の隠者か、世をすねた老婆みたいなもんだ」
「例えばな……森に住んでるラスターさん」
店主はジョッキを片手に持ちながら、にやりと笑う。
「今じゃあの人、うちの上得意さんだろ?
今日は来てないけど、しょっちゅうこの店に顔を出してはエールを何杯もあおり、気前よくみんなに奢って、酔いつぶれるのがお決まりになってる。それで次の日には『やっちまったー』なんて頭を抱える姿を見せる――まぁ、それを肴にしてみんなで笑うわけだが、あの人も昔はなかなか厄介だったんだよ」
店主はジョッキをテーブルに置き、少し身を乗り出すようにして続ける。
「今でこそ村の人気者だけど、昔のラスターさんは、全然違った。
覚えてる人もいるだろうけど、森の奥で一人ひっそり暮らしてな、まったくと言っていいほど村には顔を出さなかったんだ。それで、まあ……みんなから『怪しい魔法使い』みたいに思われて『あいつのせいで作物が枯れた』だの、『子どもが熱を出したのはあの男の呪いだ』だの、ありもしない噂が広まってな。下手をすりゃ、村を追い出されかねない雰囲気だったの、覚えいるかい?」
店主は視線を少し上げ、何かを思い出すように遠くを見る。
「それが変わったのは、なんだかんだで御館様が間に入ったおかげだ。御館様が『あの男に悪意はない』って保証して、ラスターさんも仕方なく村に顔を出すようになったんだよな。最初は硬い表情で、目も合わせずに必要な物だけを買ってさっさと帰ってた。それでも、なんだかんだで誤解が解けていった。何せラスターさん、見た目は怖いが根は優しいからな」
店主は思い出したように笑う。
「それに、ほら、あの人、手品が上手いだろ? 最初に村の子どもたちに手品を見せたのがきっかけだった。ほら、今でも祭りの時に見せてくれるあの手品だ。あの頃はまだみんな半信半疑だったけど、手品を見た子どもたちが『すごい!』って喜んでな。
それを見て親たちも、いつの間にか彼を受け入れるようになっていったんだ」
店主はここでジョッキを掲げて一口飲むと、さらに声を低める。
「で、今じゃどうだ? ラスターさんは村の酒場で一番の人気者さ。酔っぱらってふらふらになりながらも、村人の子どもたちに手品を見せたり、時には大人たちに幻術みたいな芸を披露したり――その上、酔っぱらった時のラスターさんの手品は、ここだけの話、大体失敗するんだ。普段は王宮でも見られないような見事な技をやるくせに、酔っぱらうと『ここでしか見られない芸当』だからな」
店内にクスクスと笑い声が広がる中、店主は締めくくるように語った。
「ま、そういうもんだ。たまにでも顔を見せて話してりゃ、村の連中も『あの人はただの変わり者だ』って納得する。けど、まったく姿を見せないでいると、それだけで勝手に悪者扱いされちまう――ラスターさんだって、あのまま村に顔を出さなかったら、今頃どうなってたことやら」
店主はジョッキを置き、静かに笑う。
「だからな、結局のところ、人と人の誤解を解くには、顔を合わせるのが一番なんだよ。魔女騒動だって、そういうのが原因になることが多いんだ」
「話を戻そうか。この魔女はな、弱ったことに実力者だった。それも、すこぶる付きの」
店主はジョッキを軽く振って、中身を一口すすり、再び語り始めた。
「そりゃあ、ただの魔女騒動なら駆け出しの冒険者でも十分対処できる。だが、この魔女は違った。天候を自在に操る実力を持ち、住んでいる丘は戦略的な要所――つまり、放置すればいずれ厄介なことになる存在だったわけだ」
店主は少し身を乗り出し、声を潜める。
「で、こうなるとだ。王様とその取り巻きども――才能があるのは確かだが、どうも冒険者を軽く見る傾向があった連中だ――彼らは、魔女を取り込むなんて考えは最初から頭に浮かばなかったらしい。いや、浮かんだとしても、そんな手間をかけるくらいなら排除してしまった方が手っ取り早いってわけだ。ほら、才能がある分だけ、『コスパ』とか『効率』を重視する癖があるんだよな。おまけに、こっちみたいな市井の連中をどうにも見下す節があってな――『説明してもどうせ理解できんだろう』って態度が露骨に出る。だから、俺たち冒険者に細かい説明なんぞするはずがない」
店主は苦笑しながら続ける。
「まあ、だからって俺たちも、そんな細かい事情をわざわざ聞こうなんて気も無かったけどな。『こっそりやってくれ』って依頼が来た時点で、察しはついてた。軍を動かせば帝國と睨み合いになるし、かといって賞金首にすれば問題がでかくなる――だから俺たちみたいな腕利きに裏で依頼するのが一番都合が良いってことさ」
店主は軽く肩をすくめた。
「で、ちょうどその頃な。前にせがまれて話したことがあるだろう、
店内の客たちは小さく頷き、店主の語りに聞き入る。
「しかもな、この依頼は成功する可能性が高いのに、報酬はかなりの好条件だった。今思えば、あれは依頼主から見てコスパ最高だったんだろうな。王様の取り巻き連中も計算が早いのは確かだったからな」
店主は一瞬笑みを浮かべ、少し視線を落として考え込むような仕草を見せる。
「まあ、俺たちにしてみりゃ、まさに渡りに船だったよ。名を売りたいと思ってた頃だったしな。王様の側近からの依頼を成功させれば、それだけで一人前の冒険者として認められる。それに、俺たちはそろそろ大きな仕事をしてみたいとも考えてたんだ」
店主はジョッキを置き、語りに一段と力を込める。
「なあ、考えてみろよ。気心の知れた仲間たちと、少し無理目の大仕事――何とかなるだろうってくらいには楽観してた。だからこそ、あの依頼を受けたんだ。『楽じゃないけど、俺たちならやれる』ってな」
店主はふと目を細めて遠くを見るような目をした。
「こうして振り返ると、あれはただの仕事じゃなかったな。俺たちにとっての一つの分岐点だったのかもしれない」
彼の声はどこか懐かしさを帯び、店内に静かな余韻が広がった。
店主は満足げに笑みを浮かべ、ジョッキを傾け、喉を潤す。
「さて……この続きは、もう少しエールが進んでからだな」
客たちは拍手と歓声を上げ、次の話への期待を胸に、改めてジョッキを掲げた。
「さて、丘までの道の話なんて、くどくど語ってもしょうがないだろう?」
店主はジョッキを軽く掲げてから、ひと口飲み、続けた。
「けどな、共和国と帝國の違いについては少し話しておくべきだろうな。王国なら、君主は王様だ。帝国なら皇帝だな。そりゃ誰もが認める。権力も権威も集中してるからな。だが、共和国ってのはちょっと変わっててさ、一応『王はいない』ってことになってる。建前上、貴族と市民による共和国だってんだ」
店主はにやりと笑い、テーブルにジョッキを置いた。
「そんでな、共和国の王様に当たるのが『第一国政卿』ってやつだ。名前だけ聞くと、何だそりゃって思うだろ? けど要するに、帝国の皇帝やら、諸国連合の
店主は少し得意げな顔をして、声を低める。
「で、だ。共和国以外の国――帝國とか王国なら、こんな建前なんて必要ない。そもそも王様は王様、名乗る必要すらないんだよ。だが、共和国じゃあ、『王なんていませんよ』ってツラをして、実際には第一国政卿が絶大な権力を握ってる」
店主は軽く肩をすくめ、客たちを見回した。
「結局、形はどうであれ、力を持つ奴が上に立つ。それはどこの国でも同じってことだ。名前がどうであれ、俺たち市井の連中にとっちゃ、第一国政卿だろうが王様だろうが、やることはあんまり変わらんからな」
店主はそう言うと、ジョッキを持ち直して一口すすった。
「ただ、そんな共和国のやり方のせいで、田舎の領主どもが自由に動けないって話もあるわけだ。街道は立派でも、田舎道なんてほとんど手つかずだしな」
「共和国の田舎道ってのは、まあひどいもんだ。街道だけは立派に整備されてるが、それ以外の道なんてほとんど手つかずだ。権力が集中しすぎてるせいで、田舎の領主どもが自分たちで好き勝手できる範囲が狭いんだよ。そのせいで、こういう仕事のたびに俺たちは苦労させられるってわけさ」
店主は苦笑を浮かべながら客たちを見渡した。
「とはいえ、慣れたもんだ。何しろ、こういう旅を何度も繰り返してきてるからな。馬車の車輪が泥にハマるだの、道を塞ぐ倒木をどけるだの、そりゃ多少面倒なことはあったが、何とか丘にはたどり着いた」
店主はジョッキをテーブルに置き、少し声を低める。
「その丘ってのがな、思ったより地味な場所だったんだよ。俺はもっと大層なもんを期待してたんだ。ほら、城とか、せめていかにも魔女っぽい石造りの塔だとか、そんなのを想像してただろ? ところがどっこい、魔女が根城にしてたのは、地割れかなんかでできた洞窟だった」
店主は肩をすくめ、少しおどけた表情を見せる。
「まあ、見た目の派手さにこだわる魔女ばかりじゃないってことだな。それでも、道中はなかなか厄介だったぞ。途中から、雨が降ると川になるような道を歩く羽目になってな。幅が狭いもんだから、一列に並んで進むしかない。けど、ただの一列じゃまずいだろ? いきなり雷撃の呪文でも喰らったら全滅だ。だから俺たちは、
店主は手で千鳥状を示すように動かして見せ、客たちの笑いを誘う。
「いや、それがな、こういう間隔の取り方は結構重要なんだよ。駆け出しの冒険者なら考えなしに横一列になったり、くっつきすぎたりするもんだが、俺たちはもう違った。こういうところでも、そこそこ場数を踏んでる奴らってことがわかるだろう?」
店主はジョッキを持ち直し、一口飲んでから声を低めた。
「で、問題はその後だ。丘のふもと、崖の前に出たところで、なんとも言えない妙な気配を感じたんだ。先に気づいたのは誰だったか、正直覚えてない。けどな、あのときの緊張感は今でも覚えてる。みんな無言で目配せをして、すぐさま武器を手に取った。誰も声を出さない。こういうときに声を出すようじゃ、駆け出しの冒険者止まりってところだ」
店主は指を一本立てて、客たちに問いかけるように言った。
「なぜかって? おい、考えてみろ。世の中には音に敏感な怪物どもがいるんだ。わざわざこっちの位置を教えてやる必要なんかないだろう? だから、俺たちは必要以上に音を立てないようにしてた」
店主はにやりと笑い、肩をすくめる。
「ま、ちょっと
「さて……そこにいたのは、巨漢の斧使いよりも優に頭ひとつはでかい石の人形――ゴーレムだ」
店主はジョッキを軽く持ち上げ、ひと呼吸置くように語る。
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