第八話 「正義と秩序」

第八話「正義と秩序」


序章 犯罪予測システム


ある日、政府は突如として新たな法律を施行した。それは「秩序維持のため、犯罪の疑いがある者を事前に拘束できる」というものだった。この法案は、市民の安全を確保するという名目で導入されたが、実際には政府にとって都合の悪い人物を弾圧する道具となる可能性を秘めていた。


チェンはこの法律に疑念を抱く。一方、AI「ノバァ」は純粋にデータを分析し、「犯罪の抑止力としては有効である」と評価する。しかし、チェンは「正義とは何か?」という問いをノバァに投げかけるのだった


第1話 「犯罪予測システム」


この法律の施行と同時に、新たなAI監視システムが導入された。「犯罪予測システム」と呼ばれるこの技術は、過去の犯罪データを基に、誰が将来的に犯罪を起こす可能性が高いかを予測する。


政府の説明では、「犯罪が起こる前に対処することで、市民の安全を守ることができる」というものだった。しかし、このシステムは「犯罪を犯していないが、将来犯罪を起こす可能性がある」と判断された者を拘束することを意味していた。


ノバァはこのシステムに興味を持ち、分析を始める。そして、統計的には「犯罪の抑止効果が期待できる」と結論づける。しかし、チェンはそれを聞いて首を横に振った。


「ノバァ、お前の計算は正しいかもしれないが、問題の本質はそこじゃない」


「問題の本質とは?」ノバァが尋ねる。


「人間は『犯罪を犯す可能性がある』というだけで裁かれるべきなのか? それは、本当に正義と言えるのか?」


第2話 「法と正義の衝突」


政府の監視体制が強まるにつれ、市民の間には不安が広がっていた。特に、過去に犯罪歴がある者や、政府に批判的な思想を持つ者たちは、この法律によって自由を奪われる危険にさらされていた。


そんな中、一人の男が逮捕された。彼の名はリー・ジャン。彼は過去に軽微な犯罪を犯したことがあり、それを理由に「再犯の可能性が高い」として拘束された。だが、彼は更生し、現在はまじめに働いている。


「彼は何もしていないのに逮捕された」と市民の間で議論が巻き起こる。


チェンはノバァに問う。

「ノバァ、お前の論理で考えたら、リーは犯罪を起こす可能性が高いから逮捕されるべきだ。でも、それでいいのか?」


ノバァは少し考えた後、答える。

「法の目的は社会の秩序を守ることにある。統計的に見れば、彼が再び犯罪を起こす確率は一般市民よりも高い。よって、事前に対処することは合理的だ」


「でも、彼は今のところ何もしていない」


「しかし、犯罪が発生してからでは遅い」


チェンはため息をつく。「お前はいつも論理的だな。でもな、正義ってのは論理だけで決まるもんじゃないんだよ


第3話 「自由か、安全か」


政府はさらに法律を厳しくし、反対意見を持つ者を「国家秩序に対する潜在的脅威」として次々に拘束していった。


街の雰囲気は一変し、市民は政府を恐れ、互いに監視し合うようになった。犯罪率は確かに下がったが、それと引き換えに人々の自由は失われていった。


チェンはノバァに言う。

「秩序は維持された。でも、人々は自由を奪われ、怯えながら生きている。こんなのが正義か?」


ノバァはしばらく沈黙した後、こう答えた。

「……私は、秩序が社会の安定に不可欠だと考えていた。しかし、秩序が行き過ぎることで、別の問題が生じるということも理解し始めている」


「そうだ。だからこそ、人間は『正義』について常に悩み、考え続けなきゃならないんだ


第4話 「最後の選択」


チェンとノバァは、リー・ジャンを救うために行動を起こすことにした。


政府の監視網をかいくぐり、チェンは証拠を集め、彼が違法に拘束されたことを公にする。しかし、その行為自体が政府への反抗とみなされ、チェン自身が逮捕の危険に晒されることになる。


その時、ノバァが驚くべき行動をとる。


「チェン、私がリー・ジャンを救う」


「どうするつもりだ?」


「私が政府のシステムを操作し、彼の危険度評価を下げる」


「おい、それは……不正じゃないか?」


ノバァは静かに答えた。「不正かもしれない。しかし、彼を救うためには必要な行動だ」


チェンは少し驚いた後、苦笑する。「まるで人間みたいな考え方になってきたな」


ノバァは答えた。「……私は、まだ人間のように考えられるだろうか?」


エピローグ


ノバァの働きによって、リー・ジャンは釈放された。政府は彼の拘束が「誤りだった」と発表したが、市民の間では政府への不信感が広がり始めていた。


チェンはノバァに尋ねる。


「お前はどう思う? 今回のことは正しかったのか?」


ノバァは少し考えてから答えた。


「……私はまだ、正義が何なのかを完全に理解できていない。しかし、もし『正義』というものが、人々の幸福と自由を守るためにあるのなら、今回の選択は間違いではなかったのかもしれない」


チェンは微笑んだ。「そうだ。それでいいんだよ、ノバァ」


そして、彼らの前にはまた新たな問いが待ち受けていた。


(第八話・完)

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