第2話 狩りの舞
朝方、銀世界に光が差し込み始めていた。雪原は夜明けの太陽に照らされ、無数のダイヤモンドが散りばめられたように輝いていた。ルナたちコウテイペンギンのグループが集う「シルバーベイ」も、その神秘的な光に包まれ始めていた。
冬の到来が近づき、ペンギンたちは活発に動き回っている。若いペンギンたちは小さなグループに分かれて集まっていた。経験豊かなペンギンの一羽、灰色がかった羽毛と左翼に特徴的な傷を持つグランが若いペンギンたちに指示を出していた。
「今日は特別な日だ」グランの声は穏やかながらも力強く響いた。「深海狩り講習の日だ。そして今日も、私の孫娘ルナがお前たちを指導する」
グランの隣から一羽のペンギンが前に進み出た。銀色がかった羽毛を持ち、瞳は空のように明るく透き通った青だった。ルナである。
「ルナは産毛が生え変わった途端に泳ぎ始め、水の中を泳ぐのが何よりも好きだった」グランは誇らしげに続けた。「彼女から泳ぎを学べば、厳しい冬も乗り越えられるだろう」
集まったペンギンたちがわくわくとしたざわめきを上げた。若いペンギンたちは興奮して翼を振りはじめた。
「皆さん、静かに」グランが続けた。「今年は氷の様子が例年と違う。いつもの漁場も変わっているかもしれない。注意するように」
再びざわめきが群れを走った。若いペンギンたちが不安そうに互いを見つめている。
ルナが一歩前に出た。「心配いりません」彼女の声は澄んでいた。「私たちの先祖は月が数え切れないほど満ちて欠けた昔から、この海で生きてきました。変化に適応するのも、私たちの力です」
「よし、では始めよう」グランが合図を送った。「ルナ、彼らを頼む」
ルナは小さく頷いた。今日の漁は特別な意味を持っていた。産毛が大人の羽毛に生え変わったばかりの若いペンギンたちが初めて深場での漁を経験する、成長の儀式のような日だった。
「皆さん、私について来てください」ルナは若いペンギンたちに声をかけた。「今日は皆さんにとって大切な日です。初めての深海での狩りを経験します」
若いペンギンたちはそわそわと羽を震わせながら、ルナの周りに集まってきた。その中でも特に緊張している様子のペンギンがいた。名前はフロスト。彼は胸元に特徴的な白い斑点を持ち、いつも少し臆病で、仲間たちより泳ぎの上達が遅かった。
「大丈夫よ、フロスト」ルナは彼に近づいた。「私がそばにいるから。ペンギンは生まれながらにして素晴らしい泳ぎ手なの。あなたの体が覚えているわ」
氷の縁に到着すると、ルナは若いペンギンたちに最後の指示を出した。
「今日は安全な場所で練習します。皆さんは私のすぐ後ろについてきてください。深く呼吸して、体をリラックスさせて。水の中では本能が目覚めます」
ルナは最初に飛び込んだ。冷たい海水が彼女の体を包み込み、羽毛の間に閉じ込められた空気の泡が彼女を取り囲む。水中でくるりと1回旋回をすると、水が与えてくれる自由に感謝するかのように、全身が震えた。ルナの羽が水を切り、体の微細な動きで思いのままに方向を変える感覚は、何ものにも替えがたい喜びだった。アクロバティックに泳ぎながら周囲の安全を確認すると、彼女は優雅に方向転換し、水面近くに浮上して若いペンギンたちを見上げた。
「さぁ、一人ずつ飛び込んでみましょう!」
一人、また一人と若いペンギンたちが飛び込んでくる。最後に残ったのはフロストだった。彼は氷の縁で躊躇していた。
「フロスト、覚えているかしら?」ルナは優しく語りかけた。「あなたが初めて私の授業に来た日のこと」
フロストは小さく頷いた。あの日も、彼はジャンプできずにいた。
「私が言ったことを思い出して」ルナは続けた。「陸と海の境界を超えるのは、いつも恐ろしい。でも、それを超えた先に、私たちの本当の姿があるのよ」
フロストは深呼吸し、目を閉じて飛び込んだ。彼が水面に触れた瞬間、驚きの表情が彼の顔に浮かんだ。彼の体は本能的に泳ぎ始め、すぐにルナの隣に来た。
「感じるでしょう?」ルナは微笑んだ。「これが私たちの本当の姿。陸上では少し不器用かもしれないけれど、水の中では誰よりも優雅で速いの。私たちは大地では歩み、海では飛ぶのよ」
若いペンギンたちは水中の世界に目を輝かせていた。ルナは彼らを率いて、浅い水域を泳ぎ始めた。彼女の動きは流れるようで、水中での三次元的な動きを若いペンギンたちに示していた。上下、左右、回転—陸上では考えられない自由な動きが可能だった。
「狩りの秘訣は高さを取り入れた思考よ」ルナは泳ぎながら説明した。「地上では前後左右にしか動けないけれど、水中では上下にも動ける。獲物を追いかけるときは、この上下の動きを活かして追い詰めるの」
彼らは少し深い場所に向かった。そこには小さなイカの群れが見えた。ルナは若いペンギンたちに合図し、囲い込みの戦術を示した。
「皆さんで円を作りましょう。イカは上に逃げようとするわ。そこを私が担当します」
若いペンギンたちはルナの指示に従い、イカの群れを囲み始めた。少しぎこちない動きながらも、彼らは徐々に円を狭めていった。イカたちが上に逃げようとした瞬間、ルナが素早く飛び込み、一匹を見事に捕らえた。その動きは余りにも素早く、水中でありながら「飛ぶ」という印象を与えた。
「これが水中での『飛翔』よ」ルナはイカを飲み込みながら言った。「空を飛ぶ鳥たちとは違うけれど、私たちにも『飛ぶ』瞬間があるの」
彼らは小グループに分かれて魚の群れを追いかけ、一人一人が技術を磨いていった。ルナは時折、羽毛の空気を減らし潜る技術、足を使ったブレーキの技術や、複数のペンギンが協力して行う追い込み漁の様子を詳しく教えた。
「泳ぎは本能だけど、効率的な漁は技術なの」ルナは説明した。「私たちが受け継ぐべき知恵を、皆さんにも伝えていきたいわ」
しかし、ルナは内心、不安を感じていた。以前よりも魚の群れが小さくなり、見つけるのも難しくなっていた。彼女は若いペンギンたちには言わなかったが、彼らが満腹になる頃、日は傾き始めていた。
「私たちは昔より遠くまで行かなければならない」ルナは小さくつぶやいた。
若いペンギンたちも挑戦し始めた。最初は失敗が多かったが、徐々にコツをつかみ始めた。フロストでさえ、小さなイカを捕まえることができた。彼の目は誇らしげに輝いていた。
「素晴らしいわ、皆さん。特にあなた、フロスト。あなたの動きは自然で優雅よ」
彼らは時間を忘れて狩りを続けた。通常なら一日中続けるところだが、今日は新人たちの初日ということもあり、ルナは早めに切り上げることにした。
「今日はここまでにしましょう。皆さん素晴らしい狩りでした」
彼らは氷の上に戻り、シルバーベイへの帰路についた。途中、ルナは祖父グランの言葉を思い出していた。「太古に飛んでいたペンギン達」。それが何を意味するのか、彼女自身もまだ完全には理解していなかった。
突然、ルナは奇妙な感覚に襲われた。何かが違う。氷の下から微かな振動が伝わってきた。彼女は立ち止まり、足元を見つめた。
「皆さん、止まって!」ルナは若いペンギンたちに警告した。
その瞬間、彼女の前方で氷にヒビが入り始めた。ルナは咄嗟に後ろに跳び、若いペンギンたちもそれに倣った。氷は大きな音を立てて割れ、ルナたちのいた場所と前方の間に小さな裂け目ができた。
割れた氷の間から、何かが放出されるのを感じた。ルナの体内で、何か奇妙なエネルギーがじわじわと広がっていくのを感じた。それは暖かく、しかし強力な感覚だった。
「危なかったわ」ルナは胸をなでおろした。「氷が不安定になっている証拠ね。気候の変化を感じるわ...」
フロストが彼女のそばに来て、小さな声で尋ねた。「どうして危険だと分かったんですか?」
ルナは微笑んだ。「長年の経験よ。でも、それだけじゃない。何か...感じたの」
彼女は割れた氷を見つめながら続けた。
彼女の体の中で感じた奇妙なエネルギーは、まるで裂け目から出てきた何かと共鳴しているかのようだった。
「行きましょう。別ルートでシルバーベイに戻りましょう」
彼らは迂回路を取り、無事に戻った。若いペンギンたちは今日の冒険を興奮気味に他のペンギンたちに歌い始めた。
空飛ぶペンギン、月光に輝く @tetsu400
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