第22話 あっけに取られるA子さん(仮)の独白。

 

 

 これは……一体何が起きているんだ?


 我らはテシュライの連中による杜撰な陣地構築によって圧倒的不利な状況での戦いを強いられていた。下らない私腹を肥やした所で皆が諸共滅びてしまえば、即刻そんなものは塵芥と化す。どこまで行っても奴らは自分達に災いが降りかかるなどという想像すら出来やしないのであろうよ。


 そんな些事は一旦置いておく。いやこの隊を率いる責任者としては決して捨て置けん愚行だが、一旦置いておく。


 今眼前に広がる光景は何かの悪夢なのだろうか。本来ならば高く厚く頑強な石化処理を施すべき土塁防壁は、術者の質が悪いのか砂礫止まりで巨人の足止めにもならぬ低さ。これでは身を隠す程度にしかなるまい。


 退避用の堀も深さが足りず、巨人の踏み付けに耐え得る処理が施されておらぬ。兵は一体何処に向かえば良いのか。あの酷い造りの砦も……あぁいかん、つい思考が余所へと向いてしまった。



 異変は唐突に訪れる。迫った三体の巨人が最終防衛線を越えようかとする寸前で、原因不明の爆轟が戦地を襲った。


 ……ドドドムンッ!! ……ドダンッ!! ドドオッ!!


 視界は一瞬にして遮られ、状況は窺えず。至近の兵は無事なのか。巨人はどうなっている?


 続いてく矢の如き勢いで此の地へ迫る気配を感知。しかし姿は捉えられない。


 煙が晴れ様子が判るかという所で最前の巨人共の存在が突如掻き消えた。正確にはその存在が感知出来なくなったのだ。


 ……ドッ!! ドオッ!! ズベッ!!


 あまりもの事態に誰もが動けずに居ると、何らかの音が聞こえるとほぼ同時に奥から近づいて来ていた巨人の気配すらも消失。と――


 ドォーーーンッ!!!


 轟雷のような音と光が周囲を覆い尽くす。と同時に恐ろしい勢いで此方から離れていく例の見えぬ存在。


 その後も巨人の棲家があると思しき方面から断続的に響く音と、不意に消えていく巨人の気配達。……やがて私の感知範囲外となり、場には再び平穏が齎された。



 後々この陣地はリシュビキの手勢によって真っ当な物へと生まれ変わり、テシュライの連中には私を通して首長(父上)から軽んじられぬとが有りとの判断が下された。とは言え此方の損耗が多くなかった事もあり、強めの戒告程度に留まってしまったのだが。


 別隊による状況調査では巨人の棲家は粗方壊滅、差し迫った脅威は暫くの間は無くなったであろうとの事だ。無論巨人共の棲家は一つでは無く、遠方にも複数有るだろうから予断は許さぬが。




 今でも時折夢に見る。前世での私はとある国の貴族階級であり、正妻の娘であった。


 古来より武にいそしみ範を求め、代々の当主は猛者で鳴らした由緒正しき騎士の家系。しかしその全ては男が担うものであり、女の私は軽い自衛術と領都や城が陥落された際に用いる自死の為の小剣の扱いしか学ばせてはくれなかった。


 貴族の娘として何不自由無く育ち、政略により他家へと嫁ぎ、当主と世継ぎをして終生を全うする。何ら恥じ入る事の無い一生を過ごした。


 しかし、私の本望は武人として有りたかった。前世ではそれは決して許されぬ世界であったのだ。


 何の因果か現世では男女の別無き実力が物を言う種族の住まう異世界へと生まれ変わった。不思議と前世の記憶を保ったままに。


 これは前世の神が私へと齎した、僅かながらの褒美だったのやも知れぬ。そう胸に思いを秘して今まで生き長らえてきた。


 その命運もこれまでかと過ったその時、その存在は現れたのだ。


 あれよあれよと言う間に窮地を脱し、事後の処理に追われる中で、ふと私は前世でのある出来事を思い出した。


 幼き頃の微かな記憶。兄の社交へ付き添うように連れて行かれた道中の、宿場町で偶然出会ったあの――


 今にして思えばは、魔獣だったのかも知れない。本来であれば町中に現れた魔物は例外無く討伐される。それを幼い私は知りながら、その姿に躊躇し見逃したのだ。


 有り得ない。ましてや今の私は別の世界の住人だ。そうは思っても、ちらちらと揺れては現れる記憶の中のあの姿。


「……お前が、助けてくれたのか……?」



 今はもう確かめようもないが、取り敢えず貴殿に大いなる感謝と、その道の先に少なからぬ幸あらん事を。

 

 

 

 

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