第15話 彼女の正義
翌日、学校へ向かっていた。
私は夏音ちゃんと一緒にコンビニで朝ご飯を買う。
「夏音ちゃんはツナマヨが好きなの?」
「うん。雪菜ちゃんは昆布? 渋いねー」
「いいじゃない。昔ながらの味だよ」
お調子者みたいにおどけてみせる私。
「ツナマヨは人類の叡智が生み出したシンギュラリティだよ」
「難しいこと言っているけど、使い方合っている?」
「え。わかんない……」
しょんぼりする夏音ちゃん。
「もう、夏音ちゃんたら!」
ギュッと抱きしめる私。
「もう、すぐにからかうんだからー」
離れ、再び歩き出す。
学校に着くと、クラスメイトがざわついている。
「あ。夏音さん」
雫ちゃんが話しかけてくる。
「噂になっています。幽王クンと莉子ちゃんたちが警察につれていかれったって……」
「それ、たぶん本当だよ」
そう言えば警官に被害届を出したっけ。
きっと捜査が開始されたのだろう。
警官も基本平日出勤だからか、今日来たのだろう。……たぶん。
それとも事務処理に時間がかかったのか。
どちらにせよ、その案件は私の手元から離れた。
あとは座して待つのみ。
「そうね。ひどい人たちだったし」
「でも、捕まるなんて……」
「私は傷ついたよ。たくさん傷ついた。それが仕方ないことだって、あなたには言い切れる?」
ぐっと言葉に詰まる雫ちゃん。
唯一の常識人だと思っていたけど……、
「それは、そうだけど。でもクラスメイトが捕まるなんて、悲しいよ」
悲しい。
雫ちゃんの言葉にした重みを感じ、言葉に戸惑う。
「でも、償わないと。前に進めないと思うよ」
「夏音ちゃん?」
「だって、悪いことをしたらバツを受けるのが当たり前だよ。寛容な世界って良いのかもしれないけど、でもそれだけだと秩序は乱れる。バツも必要だよ」
そう言って夏音ちゃんは席につく。
「夏音ちゃん。変わったね」
「そうかな? でも分かる。彼女は純粋だね」
雫ちゃんとちょっとしゃべってみたけど、悪い人ではないのだろうね。
ただ悲しい、と。
誰かを傷つける言葉じゃなかった。
私の方が悪いって、そう言うのかと思っていたけど、違う。
他のモブ子と雫ちゃんは違う。
私のことも気遣っていた。
「ごめんね。乃々葉ちゃん」
「え。いや……」
「本当に辛いのは乃々葉ちゃんなのに」
やっぱり。
この子は危険なほど優しいんだ。
危なっかしいな……。
「うん。ありがとう」
私は雫ちゃんにそう告げると、自分の席に行く。
「ホームルーム始めるぞ」
先生が教卓に立つと、ざわめきが一層強くなる。
誰かが手を挙げる。
「どうした?
「幽王クンと莉子ちゃんはどうしたのですか?」
その発言にいったん落ち着いていた空気が再び燃焼する。
チリチリと焼くような発言が目立つ。
「あの冷徹女にはめられたらしいよ」
「やばくない?」
「でも、いじめていたしよ……」
「お前まで冷徹女の味方かよ」
ドンッと机を叩く先生。
「おれ、お前らが恥ずかしいよ」
先生が震えている。
「みんなは知っていたんだな。いじめがあったことを」
その言葉に一様に黙るクラスメイト諸君。
「おれは、知らなかった。みんな仲良くやっているのだと、信じていた。でもなんだ。このざまは」
先生がぐっと拳を作る。
「幽王の強制わいせつ行為、莉子の傷害罪。おれの知らない話ばかりだ。先生に教えてくれ。いつからおかしくなったんだ!」
「……」
クラスメイトは誰も答えない。
答える気がない。
いや、何も分からないのだ。
狂ってしまった彼らを、正しいと信じていたのだ。
間違っているのは私たちで、幽王は正しい。
だってクラスでの人気者だから。
日陰者は間違っていると、そうすり込まれていたから。
だから誰も答えない。
誰も否定できない。
先生の涙を見て、ようやく自分たちの支持してきた連中が間違っているのだと気がつく。
人はあまりにも浅はかだった。
軽薄と思われるかもしれないが、幽王や莉子が間違っていると、同情する余地がないと知るにはまだ時間がかかりそうではある。
だがいずれ彼らも気がつくだろう。
本当に正しいのは誰かを。
誰が被害者なのかを。
分からない奴がいれば、それはもう手遅れなのかもしれない。
人気の善し悪しで、人格の善し悪しが決まると勘違いをしているやべー奴なのかもしれない。
人は変わらない。
カリスマ性や人気によって人の品格を保とうとする。
そんなのは間違っていると、誰も叫ぼうとすらしない。
していても、無視されてしまう。
だから、私は手を挙げる。
「私は幽王を許せない。莉子も」
その言葉にクラスメイトどころか、先生も黙る。
「こんなことになったのは確かに悲しい」
雫ちゃんと目が合う。
「でも、私だって苦しい。この事件に終わりがないなら、もっと悲しい。辛い」
夏音ちゃんがじーっと見つめてくる。
分かっている。
「私も、早くこのことをわすれたい。日常を取り戻したい。幽王や莉子も本当はそのはず」
そう。彼らにも思いはあったはず。
「だから、刑事告発はするけど、それだけ。罪を償ってもらえればそれでいい」
彼らは罰を受けるべきだ。
「許さない。でも死んでほしいわけでもない」
ぐっと握る拳は、震えていた。
「だから、みんなには間違った方向へ進んでほしくない。私は、私たちのことはもう放っておいてほしい。誰にも邪魔されたくないし、誰も邪魔したくない」
「邪魔ってなんだよ」
「お前らのせいでおかしくなっただろ!?」
「彼らを変える力なんて、私にはない」
工藤くんは真っ直ぐにこちらに向かってくる。
そして、私の胸ぐらをつかむ。
「お前のせいで」
「やめろ。工藤!」
殴りかかろうとする工藤くんを止めたのは先生だった。
「もういい。お前たち全員間違っている。乃々葉は確かに被害者のようだ」
先生は項垂れるように工藤くんの手を離す。
「先生?」
「おれは人気ある幽王を止めるべきだったんだ」
「先生。そんなこと言わないでくれよ! オレたちの信じていた一年間はなんだったんだよ!!」
「工藤。お前も間違っている。人は変わる、良くも悪くも」
チラリとこちらを見る先生。
「乃々葉は良くなった。変わったな」
「それは……」
私はチラリと夏音ちゃんを見る。
「そうか。恋か……」
苦笑を浮かべる先生。
「きっと渡良瀬が変えたんだな。ありがとう」
「先生、あんたもおかしいって」
工藤はまだ金切り声を上げている。
「おかしいだろ! 誰のせいか、分かっているだろ!?」
「間違っていたのです」
雫ちゃんが立ち上がる。
「きっと、あたしたちにも責任があるのです。幽王クンと莉子チャンを調子に乗せてしまった。自分一人が正しいと思わせてしまった」
雫ちゃんは目の端に涙をためて言う。
「だから、これ以上、悲しませないで……」
「雫……」「雫ちゃん」
「あたしたちは変わらなくちゃいけないよ」
「ああ。そうだな。
先生は悲しそうに目を伏せる。
自浄作用があると思っていたらしいクラスメイトたち。
でもそんなものはない。
絶対的に正しい人もいない。
人は間違えないことはない。
絶対に一度は間違う。
だからこそ、それに気がつかなくちゃいけない。
私はそう思った。
ホームルームが終わると、全校生徒に向けて校長からの収集がかかる。
警察からお達しがあったみたい。
説明会を開催すること。
生徒諸君に対する心のケア。
やらなくちゃいけないことはたくさんあるみたい。
私たちは午前中で帰されることになった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます