第6話 彼女の勉強会

 男子Aの家に着くと幽王くんと一緒に私たちはお邪魔することになった。

「お邪魔しまーす」

 私はそう言い、玄関をくぐる。

 微かに香る消臭剤の匂い。

 どうやら気を遣ってくれているらしい。

 私たちを迎え入れてくれるのは嬉しいけどね。

「おじゃま、しまーす」

 渡良瀬さんは何も感じていないような顔で靴を脱ぐ。

 他にも女子を呼んでいるから、危険性は低いだろうけど、男はオオカミとも言うし……。

 ジロジロと周囲を見渡す。

「そんなに見たら失礼じゃない?」

「そ、そうだね」

 渡良瀬さんの声を聞いて私は視線を前に向ける。

「いいって。どうせ変な家だもの」

 幽王くんはカラカラと笑う。

 そんなにおかしいこと、あったかな?

 私は困ったように頬を掻く。

「よっ。今、ついたぞ」

 幽王くんは清水しみずくんの部屋を開けると、中で待っていた男女を見やる。

 清水くんを始め、入野いりのくん、秋保あきほちゃん、しずくちゃん、それに莉子りこちゃんがいる。

 名前は覚えられないけど、みんな挨拶してくれた。

 さっそく勉強を始めようとする私。

 だが、みんなぼけーっとしている。

「せっかく会えたんだ。少し遊んでからにしよう?」

 莉子ちゃんがトランプを取り出す。

「でも勉強しないと……」

「そんなに焦らんでええって」

 入野くんが私を鎮めようとする。

「わたしも遊びたいかも」

「……分かった」

 渡良瀬さんの意見を聞き、私は諦めたようにため息を吐く。

 トランプをシャッフルし始める莉子ちゃん。

 私、そんなにトランプって好きじゃないんだよね。

 そもそも争い事が嫌いなの。分かる?

 きっとそんなことを言っても、誰もなんとも思わないんだろうな。

 だって、みんな争うの好きだし。

 勉強では学年一位だけど、好きで争っているわけじゃない。

 ただ単に将来のために頑張っているだけ。

 酷いエゴだと思う。

 私はそういう人間だもの。仕方ない。

 莉子ちゃんがトランプを配り始める。

「さ。勝ったやつにはこのお菓子をあげよう!」

 幽王くんは何かを握った手を高々とあげる。

 その手には高級チョコが握られている。

 ほ、欲しい。

「わわ。素敵♪」

 渡良瀬さんが嬉しそうに顔をあげる。

 そっか。欲しいんだね。

 なら、私は。

「勝つ」

「お。乃々葉ちゃん、やる気だね~」

 幽王くんはにたりと笑う。

 しばらくしてトランプを握る手が震える。

「ええと。こっち」

 ちなみにババ抜きである。

 子供だましに思えるかもしれないが、これが大人数でやるとけっこう盛り上がる。

 私はルールは知っていたけど、こんなに楽しめるとは思わなかった。

 ……。

 渡良瀬さんはいつもこんな思いをしていたのかもしれない。

 サボっている間にそんな楽しみを知っていたのかもしれない。

 私はなんで勉強ばかりしていたのだろう。

 こんなにも楽しいことが世界にはあるのに。

「ああ……」

 ババを引いた雫さんが震える。

 彼女は文学少女らしいけど、なんだか表情筋が死んでいるような顔だ。

 いつも大人しく、みんなの周りをうろちょろしている風見鶏だと思っていた。

 でも意外とみんなをいやしている人だということが分かる。

 なんだか小動物系に見えるから不思議だ。

 私は雫さんのカードを引く。

 と、♡の三だった。

「やった。勝った……」

 持っていたのも♡の三。これで最後のカードが手放せる。

「おおっ! 乃々葉ちゃん、一番!」

 幽王くんがドンドンパフパフという音を鳴らす。

「じゃあ、これはキミのものだ」

 チョコを受け取る私。

「ありがと」

「いいなー。乃々葉、ちょうだい?」

 おねだりをしてくる渡良瀬さんもけっこう可愛い。

「……いいよ。一緒に食べよ」

「「「え!?」」」

 ここにいた誰もが驚いた顔を見せる。

「いや、なんでそんなに驚くのさ」

「だって、あの冷徹女と言われた乃々葉さんが?」

 迷惑な話だ。

 私は嫌いな人が多いだけ。

「そこまで言うならこのチョコはあげない」

「そんな殺生な!」

「ところで、このチョコどうしたの?」

 莉子ちゃんが幽王くんに訊ねる。

「ああ。俺の姉ちゃんが試作のために作ったものだそうだ。菓子作りのメーカーにいるからね」

 ふーん。そんなこともあるのね。

 私はチョコを一つつまみ食べる。

 口の中に広がる甘さとちょっとの苦味。

 おいしい。

 渡良瀬さんや莉子さんにも薦める。

「うん。おいしい」

「えへへ。あたし乃々葉ちゃんと一緒に話してみたかったの!」

 なんだか莉子ちゃんは元気いっぱいという顔をしている。

「ええと……」

 困ったように頬を掻く。

「どんな食べものが好きなの? どんな場所が好きなの? どんな服が好きなの? どんな趣味があるの? どんな人がタイプなの?」

 矢継ぎ早に声を上げる莉子さん。

「いや、乃々葉ちゃん困っているから」

 幽王くんが止めてくれる。

 この人、意外といい人かもしれない。

 もしかして彼なら話してもいいのかもしれない。

「それよりも!」

 渡良瀬さんがふくれっ面を浮かべながら声をあげる。

「勉強しない?」

 彼女の言葉にみんな「あっ」と唇を震わせる。

 そういえば、そんな目的で呼ばれたんだっけ。

 私が遊びに夢中になっていたなんて。

 自分でも驚いている。

 動揺してはいけない。

「そうだね。勉強会だもの」

 私も渡良瀬さんに応じる。

「ああ。そうだな」

 さすがに女子二人が言ってきたら断れないらしい幽王くん。

「えー。もう?」

 莉子ちゃんがぶりっこのような声をあげて反対してくる。

 幽王くんにパチリとウインクまでして見せる。

「そう言うなよ。俺だって再来週のテスト、勝ち取りたいんだ」

「むむむ。幽王君がそこまで言うなら、いいけど……?」

 かわいこぶっていて、みていていらつくレベルだ。

 でもそんなことを言えば、また言われるのかもしれない。

 今回のこの勉強会を成功させれば、今後の学校生活が一変するかもしれない。

 少し希望が持てた。

 それは幽王くんがくれたチャンスでもある。

 あるけど、

「じゃあ、はじめよ。ね?」

 莉子ちゃんは他の子に呼びかけるように言う。

「いいよ」「……うん」

 他の子も肯定の言葉を呟く。

 勉強道具を出して、机いっぱいに広げる。

「じゃあ、どうすればいいかな?」

 入野くんが困ったように眉根を寄せる。

「あー。コンビ組むか。勉強できる人、挙手」

 私と入野くん、莉子ちゃんが手を挙げる。

「じゃあ、できない人と組もう」

 幽王くんが提案する。

 てっきり幽王くんが勉強できると思っていたけど、違うらしい。

 私は幽王くんと組むことになり、莉子ちゃんは渡良瀬さんと組む。入野くんは雫さんと秋保さんと組むらしい。

「乃々葉ちゃん、よろしく」

「よろしくお願いします」

「かたいなー」

 どうしたら良かったのだろう。

 かたいって一見悪いように聞こえるけど、本当に悪いことなの?

「乃々葉ちゃん。この英語教えて」

 声にする前に幽王くんが話かけてくる。

「え! ええっと。Likeだから、似ている、だと思う」

 何やっているんだ、私。

 英単語は自分で覚えさせないといけないのに。

 辞書をひかせるべきだった。

「なんで落ち込んでいるのさ?」

 幽王くんは困ったように尋ねてくる。

「いや己の無能さを自覚していたところ」

 私の真剣な気持ちを吐露すると、幽王くんは耐えきれずに吹き出す。

「まるで中二病じゃないか」

「いやそんなつもりじゃ……」

「あははは。もうやめてくれ」

 盛大に笑い転げる幽王くん。

 それを聞いていたのか莉子さんもクスクスと笑っている。

 どうして?

 私、こんなに真剣に向き合っているのに。

 ちらりと見やると渡良瀬さんはぐっと親指を立てる。

 本当、なんだよ。

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