お題:墾田永年私財法・デオキシリボ核酸・余弦定理

「あー、難しいなあ」



 夏の日の放課後、俺はテスト勉強のために残っていた。苦手なのは歴史と生物と数学、他の教科はまだいいけれどの三つがどうしてもうまくいかない。



「うー……わかんねぇ! だいたいなんなんだよ、難しい言葉ばかり並べやがって! 頭がパンクするっての!」



 立ち上がりながら頭をガシガシ掻いていた時、誰かが教室に入ってくる気配がしてそちらに顔を向けた。そこには長い前髪で目が隠れている女子がおり、クラスメートだと思うがあまり印象がなかった。



「……どうしたんだ、忘れ物か?」

「こ、声が聞こえてきたから……あの、テスト勉強で悩んでるの?」

「そうだよ……歴史と生物と数学が苦手で、どうやって覚えたらいいかわかんなくなってたんだよ」

「その三つ……その参考書、少し見せてもらっていい?」

「いいけど……」



 俺は机の上に置いていた参考書を渡す。ソイツは参考書をパラパラとめくると、小さく頷いた。



「ちょっと無茶苦茶かもしれないけど、これならたぶん……」

「なにかいいアイデアがあるのか?」

「えっと、ね……たとえばなんだけど、この三つを関連付けて覚えるとしてなんだけどね」



 ソイツが指差したのは、『墾田永年私財法』と『デオキシリボ核酸』、そして『余弦定理』だった。



「まったく関係ない三つなのにどうやって覚えたらいいんだよ?」

「まず余弦定理っていうのは、三角形の二辺と角の一つがわかっていたら残りの辺の長さを求められる公式、または三辺がわかっている時に余弦っていう部分を求められるものなの。それで四角形って三角形が複数あると出来る物でしょ?」

「そうだな」

「ここで墾田永年私財法を同時に覚えたいんだけど、墾田永年私財法っていうのが、農民が新しく開拓した土地は永遠にその人の物にするっていう法令なの。それで畑は基本的に四角形なもので、数人で一つの土地を開拓した場合、やっぱりその人達で均等に分けたいんだけど、必ずしも綺麗な四角形にはならない。四辺がバラバラになったら分配が面倒になるよね?」

「たしかにな……」



 その事を想像して俺はげっそりとしてしまった。



「だから、四人でまずは適当に三角形で土地の線引きをして、余弦定理を活用しようとすれば……」

「……あっ、結果的に四辺とか対角線の長さを求められるから、それで相談して分配出来るのか!」

「うん。無茶苦茶なやり方だし、それで必ずしもうまくいくとは限らないかもしれないけど、永遠に自分達の土地になる分を求めようとするわけだから必死になって求めようとするでしょ?」

「たしかにな……そういう考え方して、図解してみたら覚えやすそうかも。え、それじゃあデオキシリボ核酸はどんな風に関連付けるんだ?」



 俺はいつしかソイツの話に引き込まれていて、ソイツも楽しそうに話し始めた。



「デオキシリボ核酸はDNA、ようするに私達の遺伝子を持ってる本体の物質の事なんだけど、ここでさっきの墾田永年私財法と組み合わせようかな」

「墾田永年私財法は農民が新しく開拓した土地を永遠に自分達の土地に出来るもの。でも土地ってやっぱり増やしたいから……あっ、それならさっきの他の農民の家族と結婚すれば土地を合わせて大きく出来るのか!」

「そうだね。デオキシリボ核酸はリン酸っていうものとデオキシリボースと塩基っていうのが合わさっている物で、デオキシリボ核酸その物を赤ちゃん、リン酸とデオキシリボースを農民で塩基が土地だとしたらそれらを合わせて持つのがデオキシリボ核酸っていう事にできるかな」

「なるほど……結構変わった覚え方ではあるけど、なんか一冊の漫画読んでるみたいで面白かったよ」

「私、文芸部だからこういう物語考えるの好きなの」

「そうだったのか。ありがとうな!」

「ど、どういたしま――」



 その時、開けていた窓から一陣の風が吹き抜けた。風が俺達の間を抜けていくと、ソイツの前髪を軽く上げ、隠れていた顔が露になった。



「え……」



 綺麗だった。隠れていた目はクリクリとしていて、見えていた薄い唇やツンと通った鼻筋も相まって男子からの人気を一気にかっさらっていきそうな程の美少女がそこにいた。



「あ、え……」

「び、ビックリしたあ……あれ、どうかした?」

「いや、なにも……」

「そっか。でも、助けになれたようでよかったよ」

「え、なんでだ?」



 また隠れてしまったソイツの顔にドキドキしながら聞くと、ソイツはにこりと笑った。



「私、君の事が好きだから」

「え……」

「なんて、そんなこと言われても迷惑だよね。ごめん、忘れて?」

「め、迷惑じゃない!」



 俺はソイツの肩に手を置いた。



「あ……」

「お前のおかげで勉強って楽しく出来るんだなって思ったし、好きだって言われて嬉しかった! だから……俺と付き合って、隣でずっと色々な事を教えてくれ!」

「い、いいの? こんな私なんかで……」

「お前だからいいんだよ。それとも俺じゃダメかな?」

「……そんなことない。あの、これからよろしくね?」

「こちらこそよろしく」



 俺達は夕暮れの教室で笑い合う。その後も俺達はテスト勉強を続け、テストもいい点をとれた。だけど、俺達の物語はまだまだ続く。関係なかったもの同士でも一つの物語に出来るのだから、恋人同士になれた俺達ならもっと色々な物語を紡いでいけるはずだ。俺は返された答案を笑顔で見せ合いながら恋人との未来を夢想した。

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